結局のところ去年は
モンスターボールや桃太郎印のきび団子などを用意したにもかかわらず
蓋を開ければ、彼女さんの居ないクリスマスを過ごした夕輝は、
来るべく聖バレンタインの日に向けて新たな策略を計画中だ。

まず、用意するのはカボチャ。

日本で食べるようなヤツでは無い、米国産のオレンジ色の巨大なヤツだ。

アレの中をくりぬき、
目と口を開ける。

そして、

当日に、女性の知人の家を巡りながら

「とりっく、おあ、とりーと(悪戯かお菓子か)」>挨拶
 
 
 
そんなことを、朝っぱらから
下痢に追われつつ、トイレで考えてるあたり、
もはや手遅れ、末期症状です。

でもさ、ぶっちゃけ
トリックでもトリートでもどっちでもおkうわなにをするやめr
   * * *

 その後、幸いにも何一つ破壊することなく、幸いにもって表現もおかしな話だけどさ。廊下の掃除を終えたアタシはメイド長の山吹に言われて地下のワインセラーまで降りてきた。料理とか担当してる白雪さんが荷物を運ぶ人手が欲しいって。ハイ来ました。元々アタシは細々とした仕事には向かないのよ。体使った労働のが絶対向いてると自分でも思うもんね。
 階段を下りるとそこはワインセラーが並ぶワイン室。ご主人様はああ見えてワインが大好き。ここには世界各地からいろんなワインを取り寄せては保管してるの。
「ううう。やっぱりここは寒いわねぇ」
 ここは年中を通して低温を維持してる。たまに入るとやっぱり少し寒い。夏なんかだと天国に見えるけどね。
「葵さーん。こっちですよ〜」
 奥の方から白雪さんの声がする。そっちの方へ小走りで寄っていくと、
「ここは寒いですか、やっぱり。私は寒さとかわかんないんだけど」
 白雪さんが言う。真っ白な制服はまるでドレスのようで背の高い白雪さんにはよく似合う。腰まで届く長髪は世の男どもの理想であろう。うんうん。雪よりも真っ白な肌は透明なガラスのように美しい。悔しいけど、アタシは何ひとつ彼女に適いそうにない。まあ腕力だけなら圧勝間違いなし。
「このタルをキッチンまで運んで欲しいんです。私には少し重すぎて」
「いいよ。まっかせて」
 白雪さんの手とアタシの手が触れる。氷のように冷たい白雪さんの手。それも当然。彼女は雪女。人間じゃなかったりする。本人が言うには、まだまだ生まれたてらしいんだけど、もう100年以上も生きてれば立派なおばあさんだよね!って本人の前では口が裂けても言えないけどね。
 アタシはワインの詰まった樽を持ち上げるとキッチンへ向かった。狭くて急な階段を駆け上る。
 ふいに右足が沈む。どうやら段を踏み外したらしい。体勢が泳ぐ。後ろで白雪さんの悲鳴が聞こえたような気がする。

 あーあーあー。

 何かが床にぶつかって壊れる音と液体がばらまかれる音が聞こえた。そこで意識がとぎれた。

   * * *

 気が付いたら医務室にいた。別に何処も悪くないらしい。腕も動くし、脚も動く。首に違和感も無ければ、頭がぼーっとすることも無い。ご主人様には頭が悪いのは元からだとかドジなのは先天的なものだとも言われたが。ついでに調理用の白ワインとはいえ、樽ごとダメにしたので、キツイお叱りを覚悟はしていたが、思ったほどではなかった。ちょっとばかりガラスにヒビが入るか入らないかぐらいの大声で怒鳴られたぐらいですんだ。気が付いたときは何もなかったのに、今は耳が痛い。
「なんにせよ、無事で良かったけどさーもうちょっと注意深く生きた方が良いよ?」
 ベットの脇で翠が言った。アタシもそう思う。ふと思ったことをアタシは言った。
「ねぇ。白雪さんってさ言ってしまえば、妖怪じゃん。ひーちゃんもサイキッカーだし。アンタはプロの狙撃手。なんでこんな連中が集まってんだろうね」
「それにアンタはドジで間抜けな剣術師範。ホント世の中って不思議よねぇ」
「ホントよねぇ」
 アタシは翠の嫌みよりも、セリフの後半に深く同意したのだった。

   * * *

「葵は別に何処にも異常は無いようです。明日に緋と共に街に降りて精密検査を受けさせる予定です」
「そう。何事もなさそうでよかったわ」
 本棚で埋まりそうな書斎でメイド長の山吹の報告を受け、ご主人様こと紅は安堵のため息をついた。山吹が話を続ける。
「少しお伺いしたいのですが、白雪を推薦したのは私ですが、どうして紅様は、葵や緋、翠といった癖の強い人間を選ぶのですか?別に彼女たちが悪いとかは思いませんけど」
「いいじゃん。別に楽しいからよ。優秀なだけのメイドは不要よ。それは貴方がいれば十分だもの」
 紅は山吹の進言にしれっと答えた。そして、書斎にある彼女の仕事場の回転するイスでぶんぶん回っている。
「そうですか、では文句を言わずにお聞き下さい。白ワインの樽が一つ失われましたので、とうとう今月分の食費及び調理用器具の予算を超過しました。追加予算の方をお願いします」
「…」
「そうです、皿等の食器代が割り当て分を超過しています」
「…そうか。葵のヤツめ…」
 紅は顔を苦渋に染めた。今月はまだ半分も過ぎていないに…。
”第二夜 若者に必要なのは個性だ”

「ホント、ひどいと思わない?ちょっと泥棒と間違えただけであんなに怒ること無いのにさ〜」
 アタシの目の前には、翠が居る。キッチンのテーブルはいつも会議室になるのよ。
「いや、それはやっぱり怒るんじゃないかな…」
 相変わらず翠はつれない。そんなことアタシだってわかってるわよ!ふん。
 翠はアタシと同い年、ここに勤めるようになって初めて知り合ったんだけど、結構イイオンナだと思うよ。背は高くないけど、アタシよりは高いし、胸もある。本人は気にしてるみたいだけど、太めの太股とかも見る人が見たら魅力的なんじゃないかな?
 でも、翠は見た目と違って、狙撃のプロ。もちろん、拳銃とかぶっそうなもんは一応持ってないことになってるけど、たまに趣味のサバゲーなんかでスナイパーやってるの。木刀かなんか担いで近接距離で喧嘩になっても負ける気はしないけど、その後はいつ狙撃されるかわかんないから、怖いよね。
「でもさ、夜中にあんなアヤシイ事してたら普通間違うって、翠ちゃんだって拳銃の一発や二発撃ってたって」
「できないできない」
 そりゃ、拳銃で狙いさだめる瞬間に気が付いたかもしんないけどさ。御主人様も悪いのよ。いつだって黒のチャイナドレス着てるんだもん。アヤシすぎるのよ。まったく。
「ほら、葵。そろそろ掃除した方がいいわよ。また怒られちゃうわよ」
「いまからやろうと思ってましたーっ!」
 そう言って、アタシはキッチンを飛び出して廊下に向かった。

   * * *

 今日のアタシの仕事は廊下のお掃除。無駄に広いお屋敷には無駄に長い廊下がある。さらに無駄に花瓶やらが並んでるってわけ。客なんてめったに来ないのにね。
 バケツに水を汲んで、雑巾絞って装飾品をかるく拭いて、埃や汚れを落としていく。あそこに置いてある中世の甲冑なんか、趣味悪いと思うんだけどさ。邪魔じゃない?掃除しなゃならない面積も広いしさ。それとも本格的なお化け屋敷にでもするつもりかねぇ。
 そんな事を考えながら、アタシは大きな花瓶を手に取ったの。
「あっ」
 あっという間の出来事だったわ。その花瓶が重力に魂引かれて手から滑り落ちて…。アタシはただ一言叫ぶことと目をつぶることしかできなかった。その後の惨劇を想像しながら。二束三文の皿ならともかく、流石にこの花瓶を割ると大変なことになっちゃうかも知れない。高さうな花瓶だし。もしかしたら、弁償とかいう話になったら…。いやー体を売るのはいやー!
 ふとアタシは目をあけた。花瓶が地面に着陸する音がなかなか聞こえなかったからだ。視線を下に向けると、花瓶はふわふわ浮いていた。床すれすれに浮いていた花瓶はゆっくりと上昇し、元に位置にゆっくりと納まった。
「ひーちゃんありがとー」
 アタシは向こうから近づいてくる女性にお礼を言った。彼女は緋。アタシの少し後に入ってきたメイドだ。シンボルカラーは赤。赤い制服がよく似合う可愛らしい人。ゆるくウェーブのかかった金髪が、直毛のアタシには少し羨ましい。でも、見た目はアタシたちと同じくらいのくせにアタシたちよりも結構年上だったりするんだ。ふんわりした感じの優しい人で、アタシも大好きだよ。なんか頼りにならないけど一緒に居ると安心できるお姉さんって感じでさ。正確な年齢は知らないんだけど、歳もそんな辺りじゃないかな。
 それで、ひーちゃんの特技はなんとびっくり超能力。彼女に会うまでは全然信じてなかったけど、流石に実演されちゃうと信じないわけにはいかないワケ。彼女はサイコキネシスという力を持ってるらしく、遠くから物を動かしたりそんな不思議なことができる。今のように落ちた花瓶を空中で止めることだってできちゃうの。なんて羨ましいのかしら。
「気を付けてくださいね。葵さん」
「は〜い」
 アタシはひーちゃんの後ろ姿を手を振りながら見送った。振った手で花瓶を割らないように気を付けながらね。

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