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心の中から、自分でない何かが溢れ出す。
聞こえないはずのものが耳から来て、見えないはずのものが目から入る。此処ではない何処かから、現在ではない何時かから。
悪魔の微笑み、天使の囁き。それは誰のものなのか。

…こっちへいらっしゃい。

空は青く赤く黒く白く輝くキャンパス。
誰に命ぜられるでもなく魂の筆がすべるように全てを塗り描く本当の姿が雲と星の中から月に照らされて鏡のように何かを映す。
光の軌跡が縦横無尽に迸り、複雑怪奇な文様を地平線の彼方に浮かび上がらせる。

自分が自分で無いような奇妙な感覚。
自分の腕が自分ではない何かによって動かされるイメージ。
不思議と嫌な感じはしない。まるで、いつものことのように…
そう、朝に太陽が昇り、夜に月が常闇の世界を照らすように。

灰色の錆びた巨塔が形あるもの全てを貫いて、涙に枯れるこの大地からでも、空はきっと見える。星の輝く合間を縫って描かれる一枚の世界の肖像がしっかりと心に融合する。
遠くから聞こえる声が、それは神の御名か悪魔の甘言か、魂に直に響きわたる。心が震え、その余波が目からこぼれる。

全てが空に映される。

私は誰なのか。此処は何処なのか。現在は何時なのか。
眼下に広がる灰色の庭園に何の意味があるのか。全ての壁に掛けられた牢獄の標識が、手元で風に揺れる薄っぺらい紙切れが、偽りの神の残像のようにこの狭い部屋で仮初めの威光を放っている。
それらの黒い輝き、それ自体がまるで何もなかったかのような真実の光に照らされて今、右手の筆からこぼれ落ちる光の残映と空の輝きに自分の身体が溶けていく不思議な感覚。

…そのチカラを失うのは勿体ないわ

自分の鼓動が聞こえる。耳障りにも思える大きな音が規則正しく刻んでいく新しい支配。
ココロのスキマから魂に何かが語りかける。甘美な箴言。忠言。いや、それは悪魔の呼び声…悪魔はこの部屋か。
自分と空の境界が薄まっていくのが実感できる。何も抵抗できない無力な自分。無力な心。それを望むもう一人の自分。
大空はキャンパス。全てを映すキャンパス。蒼く輝き白く染まる。紅く燦めき漆黒に沈む。綺羅星が瞬き月が照らす。
どうして。なぜ。自分と自分がいるべき場所を繋ぐ絆が腐った色で紙切れに書かれたこれっぽっちの文句だけ。壁に塗られた偽の白い色と意味の無い数字の羅列。

ぶわっと身体が浮いた。感覚だけじゃない。
自分の脚がその役目を失った。それはそれが私を澱んだ無色の庭を歩かせる役目を失い、色のある世界へと進ませる。
筆が創り出す虹色の絨毯が、全ての境界線を越える道標となる。

空が耀きの色で充ち満ちていく。

充ち満ちていく。


 球体図書館中層部には至る所にマナが薄い場所が存在する。元々マナは大気中に普遍に存在するのだが、意図的に外部に排出されて濃度が薄くなっているのである。こういう場所では、我々の言うところの魔法は使うことが出来ない。
 そもそも魔法を使うのは人間とドワーフと猫人の三種のみ。エルフやデーモン、ナイトウォーカーが使う魔法に良く似た行為は魔法とは根本的に異なる。彼らは生きるための糧として何らかの方法で体内にマナを大量に持っている。これを体外に放出し、それをエネルギーとして現実世界に影響を与えている。一方で人間などは体内に微々たるマナしか持たないため、体内のマナだけでは、そよ風ひとつ吹かせることは出来ない。だから、体内のマナを核として大気中のマナを一端集結させて、現実世界に影響を与える。これが魔法という手順である。よって、エルフなどの行為に対して余分な手順があり、また大気中のマナは体内のマナほどエネルギー変換効率が良いわけではないため、魔法は彼らの行為より小規模で時間が掛かるのである。これからは便宜上、魔法というのは人間、ドワーフ、猫人のマナを行使する行為に限定する。
 魔法は二種類の体系に分かれている。多くの学院で教えられ、多くの魔法使いに馴染みのあるのが、十三系統魔法である。これは、直感的に理解しやすい火水風土の四界属性にいくつかの補助属性を組み合わせたものであり、大抵の魔法使いはこちらの体系によって魔法を理解して行使している。
 しかし、岬の楼閣を始め一部では五行術式を用いる。こちらは木火土金水の五行によって魔法を構成している。
 ふたつの体系には大きな違いがあるが、魔法としては同じものである。そもそも体系というのは魔法を簡便に理解するための手法でしかなく、あくまで魔法は魔法であり、林檎を果物として理解するか、植物として理解するかの差でしかない。
 魔法は前述のとおり小規模である。全盛期のエルフやデーモンのような大きな事を実現することはできない。さらに、猫人は体内のマナが人間に比べてさらに微量のため、魔法を行使することが安定せず、猫人で魔法を扱うものは少ない。そもそも、魔法と大気中のマナを自分の体内のマナで集めるという手順において、素質というか才能というか、ともかく個人の本質に大きく依存するため、ある程度以上の魔法は誰にでも扱えるわけではない。
 また、ドワーフは魔法を好まず、自分たちの技術力でこれを克服しようとすることが多い。実際には、人間の戦争の攻城戦では魔法による破城が一般的なのに対し、ドワーフは大砲を用いる。ユレイカ公国の軍隊は大規模ではないが、白銀連山にドワーフが出入りすることもあり、小口径大砲の装備がある。もっとも、これが実戦で使用されたことは一度もないようだが。
 大砲などの火器は人間社会ではあまり一般的ではない。小規模とはいえ、相手に危害を加えたり物体を破壊するのなら魔法で事足りるからだ。事実、昨今の帝国の隆盛には魔導師団の影響が大きい。ドワーフ製の火器は人間が手に入れるには値が張るし、暴発などの危険もあるため装備として取り入れることはあまり多くはない。帝国でも単発式大口径大砲と火縄銃が少数の部隊に配備されているだけであり、セリア王国に至っては火器の装備がひとつもない。共和国は、ドワーフの国にほど近いところにあるため、他の大国より火器の装備が多いようだ。一節では、連射が可能な火縄銃を所持してるとも言われている。
 いずれにせよ、大筒のように暴発の危険性があったり火縄銃のように発射に時間が掛かったりするため、魔法に対抗できる術とは言い難い。しかしながら、各国は秘密裏に開発を競うものがある。それが拳銃である。拳銃とは小さく持ち運びやすく短時間で発射できる小型の火器である。だが、小型であるがゆえに暴発の危険も高く、命中精度も低く零距離より離れると当たらないなど欠点だらけのしろものだ。さらに、建前上は三国会議では製造を禁じている。
 しかし、世の中は広いもので、この拳銃に精度と安定を高めたものがいくつか開発されていると言われている。それは、情報ギルドの密造拳銃、青嵐である。もちろん、これは単なる噂に過ぎないし、当然ながら情報ギルドは存在を否定している。都市伝説に毛が生えた程度しか信頼性が無いが、噂では、本体に純度の高いブルーメタルを使用し、安定性を高めているらしい。
 帝国や共和国の成果はあまり芳しくないようだ。帝国が拳銃を一部部隊の制式装備に採用しようとしたが、結局事故だらけで採用しない方が勝率があがるという意味不明な結果に終わっている。
 岬の楼閣では情報ギルドの青嵐に匹敵する拳銃の開発に成功したとされるが秘密主義の岬の楼閣では否定の声明さえ聞かれない。案外、当たっているのかも知れない。
 ユレイカ公国は小国でそのような開発には力を注いでいない。ドワーフの技術を輸入しているが、火器よりも蒸気機関に執着のようだ。特に蒸気機関で稼働する鋼鉄の馬車の開発に躍起だ。
 さて、話は変わるが、青嵐の材料になっているとされるブルーメタルであるが、これはいわゆる稀少な魔導金属の一種である。特性はマナに対する完全な絶縁性と途方もない硬度である。さらに熱にも強い。そのため加工が難しい。魔導金属の中でもオリハルコンと並んでもっとも量の少ない金属である。
 そもそも魔導金属と普通の金属の違いというのは実は明確な規定は存在しない。ドワーフ工業組合では鉱物を十数種に分類しているが、その分類法に従うと魔導金属に分類されるのは、ミスリル、クレリア、ブルーメタル、オリハルコンの四種類しか無い。我々が一般的に思い浮かべるだろう白銀や銀は反光金属に分類されている。
 いずれにしても、ブルーメタルやオリハルコンは滅多に産出されるものではなく、既知の鉱脈自体が存在しない。クレリアとミスリルは鉱脈が発見されているも、クレリアは加工の難しさから現時点では実用にはほど遠い。ユレイカ国内にもクレリアの鉱脈が存在するが、ユレイカ国ではこれの採掘を禁止するのが精一杯でこれを活用しようという動きはあまり無い。ドワーフとの連携して加工技術の発達に対する動き自体は建前上有るが、難航を極めて遅々として進んでいないようだ。
 クレリアはマナに対して完全伝導体である。オリハルコンも高い伝導性も持っているが、伝導性だけならクレリアの方が高い。金属としては硬度は鋼と同程度で自然の鉱物にしては硬いが金属としては決して硬くはない。しかし、完全伝導という性質と熔けないというやっかいな性質が加工を阻んでいる。おおよそ、熱によって溶解しない物質というのは存在しないはずなのだが、現在までにクレリアが熔けたという話は聞かない。オリハルコンやブルーメタルでさえ溶解する超高温術式土竜釜においてもクレリアは熔けない。
 ユレイカ国内の博物館で一点展示されているが、この世界には、高い純度のクレリアによって造られた剣が何振りか存在している。誰がどのようにして作り上げたかはわからない。しかし、現存しているという事実だけが、クレリアの加工に対する希望なのである。知られている限りでは、ユレイカ国立博物館に一振り、情報ギルド自衛隊に一振り、セリア王国軍の准将格が常に一振りを携帯している。ここまでで三本だが、これに英雄戦争から大天争に続く混乱で失われた二振りを加えて少なくとも五本は存在する。これらのクレリア製の剣を"白刃"と呼んでいる。ユレイカ国内にある"白刃"は英雄戦争前から存在し、国会議場に保管されていた。
 ミスリルは他の三種に比べ割と多く産出されるため、いろいろと目にする機会も多い。融解点が多少高いだけでほとんど鉄と同感覚で加工できるのも強みだ。一方、ブルーメタルとオリハルコンは存在さえ定かではないぐらい稀少だ。ユレイカ国内ではそもそも産出されないし、見かけることができるとしたら、博物館にある小指の先ほどの小さなオリハルコンの欠片ぐらいだろう。金にも似た光沢をもつオリハルコンは、周囲のマナに対して斥力を持っているという不思議な特性があり、研究者の間では大きなオリハルコンの近辺では極度にマナが薄くなるだろうと予想されている。これが予想に過ぎないのは、拳より大きなオリハルコンは未だ見つかっていないからだ。オリハルコン自体はマナに対する絶縁性などを持ち合わせてはおらずむしろ、伝導性が高いのだが原因はわからないが強い斥力を働かせている。
 この特性のため、球体図書館にオリハルコンの存在が期待されているのだが、残念ながら現時点では全く発見されていない。

【魔法公国ユレイカ-3】

 ユレイカ国内には、魔法学院は十字都にエルドラ学院エウレカ支部ひとつしか無い。規模も決して大きなものではなく、またユレイカ国内では観光学及び経営学が盛んであり、魔法に関する研究施設はあまり多いとはいえない。
 エルドラ学院は大陸西部でもっとも多くの支部を持つ学院で、生徒数はエウレカ支部だけでは百人にも満たないのだが、全ての支部を合わせると時期によって前後するも数千人に上る。とはいえ、規模が大きいだけで優秀とは言い難いのが残念ではある。
 魔法学院でもっとも優秀なのは大陸西海岸地方のセリア王国ナルデに存在する誉れ高き岬の楼閣か共和国内のトト学院のいずれかであろう。岬の楼閣の生徒数は公にされてないが、人数だけなら百人から二百人程度と言われている。秘密主義的な雰囲気があり、ライバルであるトト学院はもとより帝国軍部からさえ敵視されている節がある。トト学院は開かれており、生徒数は五百余りで入学手続きも簡単で人気があり、これに入学するために他国からやってくる人間もいるぐらいだ。一方で岬の楼閣は入学したいと思っても、それだけでは入学できない。各国を巡る巡礼者からスカウトされる必要がある。
 ユレイカにある魔法学院はエルドラ学院支部だけであるが、観光客にも人気で、また岬の楼閣から研究員が派遣されるほどの史跡が実はある。それが球体図書館である。観光名所になるぐらいなので自由に立ち入ることが出来るが、一般人が観光できるのはほんの一部だけになっている。ユレイカ公国の国内にあるが、球体図書館は第一級管理指定史跡に認定されており、三国会議及び情報ギルドが、その管理権を一部持っている。
 ユレイカ公国自身も、情報ギルド及び岬の楼閣との協力し球体図書館の研究を続けている。球体図書館は暗黒戦争時代の遺物の一つであり、外界からの墜とし物とみられている。
 外見は半分以上が地下に埋まっているため球体に見えないが、情報ギルドの魔法探査により史跡自体は球体であると推測されている。観光客が立ち入れる部分は、上層部の一部だけであり、それだけでは球体図書館がどんなものかは一切わからない。書物さえ無いので、"図書館"とされる由来さえわからないのである。
 内部は季節時期に拘わらずひんやりとしており、銀色の光沢をもった金属で覆われた壁や床に描かれた幾何学的な模様と、いびつな形に区切られた区画を不思議そうに眺めることが観光客の出来る全ての事である。
 岬の楼閣の攻性探索員が到達しているのは、丁度半分ぐらいで球体の中心にあたる区画は未踏地区になっている。一般的には知られていないが、中層以降の区画では危険も多く、何人もの死傷者が出ている。また、遭難者も多く出ているため、球体図書館の探索は情報ギルドと岬の楼閣でも高レベルの探索チームが組まれている。噂では、その中にこそユレイカの使徒がいるのではないかとも言われているが、定かではない。

【魔法公国ユレイカ-2】

 ユレイカの国土の半分を占めるエウレカの盆地の中央部には首都である十字都がある。この十字都を南北に縦断するように盆地に走る街道がユレイカ中央道であり、多くの旅人が大陸東部を南北に移動する際に利用する。
 輸送機関は乗合馬車もしくは徒歩であり盆地の南端と北端の国境に当たる部分に関所があり、ここで入国税もしくは国内滞在税を収めなければならない。金額はギルド共通貨にして銀貨二枚程度であり時期やそのときの経済状況によって左右される。一応、ユレイカ公国独自の貨幣は存在するが、実際に使われることはあまり無い。国内では観光業が主流であり、外貨との両替などを必要とする独自貨幣では便が悪いので、国内のほぼ全ての商店や宿泊施設でギルド共通貨と帝国貨幣で取引が行われる。
 ユレイカ公国の独自通貨であるユレイカ貨幣のうち、特にユレイカ金貨は生産数が少なく、装飾が美麗であり、美術品としての価値が認められているため、通貨としてではなくお土産品として敢えてユレイカ公国の貨幣を持ち帰る旅行者は多い。なお、レート的にはユレイカ金貨はギルド共通貨の金貨六枚分程度に相当するため安い買い物とは言い難い。
 十字都を東北に分断する道路は東のセントラルライン麓の牧場地帯と西のユレイカ第二の都市である盆地西町の結ぶ。十字都の人口が五千程度、盆地西町の人口が三千程度でこのふたつの都市に人口の八割が住んでいることになる。
 盆地西町には主に白銀連山から得られる水資源とエウレカ盆地の持つ良質の土壌で果樹栽培と稲作が行われる。陽柑のほぼ全てでこの街の近くで栽培されており、また徹底的に管理されている。ユレイカの税収の大部分が入国税と観光目的滞在税で占められるが一方で陽柑をはじめとした農作物の輸出にかかる関税も大きな税収源であるためだ。住民税や所得税、参政税なども税収源ではあるが、これらはあってもなくてもたいして変わらないぐらいのものにすぎない。特に住民税や所得税の税率は他の国に比べると極めて低い。
 盆地西町には、白銀連山で鉱物資源の発掘を行うドワーフがいくらか住んでいる。白銀連山の極東部に当たるユレイカ公国内の白銀連山地域では鉄と銀が主に採掘される。このうち銀には採掘に対してユレイカ公国自体からの採掘制限が課せられているが、鉄には課せられていないため、ドワーフはもっぱら鉄資源の採掘に励んでいる。とはいえ、わざわざ極東部までやってきて採掘しなければならないほど上質の鉄が出るわけでもないため、ここにやってくるドワーフは物好きと言えよう。ただし、銀に関しては採掘に制限が課せられているだけあり、上物の銀鉱脈が眠っている。また、魔導銀やクレリアが産出する地帯が確認されており、この地域は立ち入りそのものが禁止されている。一部のドワーフや人間による盗掘がわりと頻繁に発生しているが、そのほとんどが警察機構によって取り締まりを受けることになる。
 ユレイカの警察機構、すなわち治安警備部隊は軍の一部であり、将校団に属している。組織としては役割により細かく数十の部隊に細分化されているが、十分な人数が常に確保されているわけではなくいくつかの部隊を掛け持ちしたり、あるいは所属人数がゼロである部隊も存在したりする。そういう部隊の仕事は軍の別部署である諸処処理班が担当したりする。ユレイカの警察機構が優秀なためかユレイカの治安はかなり良い。
 しかしながら軍隊を持ってはいるが、これは形だけに過ぎない。軍に所属するほぼ全ての部隊が国内の治安活動に参加しており、対外的な侵略などから国を十分に守れるだけの戦力があるとはとうてい言えない。それには理由があり、隣接する帝国の軍隊は強大で、正直なところ帝国が本気で攻めてきたらどうしようもないため、あえて戦力を持たないというところに行き着いている。人口わずか一万の小国に帝国軍の精鋭師団一個大隊数千人を押し返せるわけもない。
 とりあえず、軍隊には魔法迎撃隊が存在しこれが国家の防衛戦力の全てである。人数は十数人。一流の魔法使いによる少数精鋭という建前だ。実際には帝国軍の魔導部隊に数も質も劣るというありさまであるが。
 そんなこともあり、"使徒"の存在は都市伝説ではあるが信じられているというよりはそうだったらいいなと国民は思っているというのが正しいのかもしれない。
 ユレイカ公国は独立国家であり、王国、帝国、共和国のどれにも属さずまた同盟関係にも無いが、地理的に近しい帝国と王国の法律に準ずる形の法律を持っている。また、光の血族会議に対する発言権こそ持ってはいないが、三国会議に少しだけ影響力を持ち、また光の血族会議及び三国会議の内容を基本的に批准している。
 帝国領内では奴隷制が認められているが、セリア王国では奴隷制を認めていない。奴隷に対してはユレイカ国はどちらでもなく中立を維持している。ただし、奴隷に対する過度な体罰などは認めていない。また、ユレイカ公国では治外法権を一切認めないため、他国の王族や大使であってもユレイカ公国内ではユレイカの法律に縛られる。
 変わった法律としては、ユレイカでは火の取り扱いに対する制約が厳しい。放火なんてとんでもない話で、火の不始末はおろか、不用意な火の利用さえも厳罰が科せられる。魔法に関しても、魔法で火を発生させることは原則禁じられている。
 一方で魔法に対する制約は薄い。人を傷つけたり何かを壊したりさえしなければ、魔法を使うことに対する制限はほとんど無い。この点だけは三国会議の決定である千里眼の制限や読心の制限などを批准していないため、ユレイカ国内では自由に使用できる。とはいえ、読心は多くの魔法学院で御法度とされているし、情報ギルドにおいても読心の利用は厳罰に課せられるため、ユレイカ国内でも読心の魔法を使用する人間は皆無であるが。
 

【魔法公国ユレイカ-1】

 ユレイカ公国は、大陸東部に位置する人口一万人程度の小国である。建国は古く大天争及び英雄戦争時代には既にユレイカ公国として存在した。帝国と隣接し王国からも近いユレイカ公国が建国以来帝国などの属領とならず独立を維持し続けたことはまことに不思議である。大陸東部で小国として大天争以前から存在し独立を守っている国家はユレイカ公国のみである。
 この国は大陸東部を縦に走る世界の背骨山脈(セントラルライン)と白銀連山に挟まれるように位置し、大陸東部においては、北部と南地域を結ぶ交通の要所として栄えてきた。また、山と山に挟まれたエウレカ盆地は穏やかな気候ながらも、位置的に四季が存在し観光客が多く訪れる。実際にユレイカ公国の約七割の住民が観光業に従事しており、また国の税収の多くを入国税及び観光関連で占めている。
 北は帝国領と接しているが、大天争以後は小競り合いなどは起こっていない。英雄戦争より領土拡張に邁進する帝国が南北交通の要所ためユレイカ公国に対して進軍しないのは"あり得ない"のではあるが、実際に無いものは仕方がない。事実、近年ではユレイカ公国は他のどの領とも交戦していない。
 国土の半分をエウレカ盆地で占め、残る部分がセントラルラインと白銀連山の山岳地帯および森林である。住民の大半は盆地にあるふたつの街に集まっている。白銀連山には豊富な鉱山資源があり、森林資源も潤沢にあるため、資源には困らない。山と山に挟まれるため気候的に雨は少ないが森林から流れ出るいくつかの河川が豊富な水を供給する。これらの水を使い盆地では果樹と稲の栽培が行われる。特に柑橘類の栽培が盛んで、ユレイカ原産の陽柑は上質の甘みで人気が高く、その加工品はセリア王国で珍重されている。取引価格は関税の関係では高くなるが、観光客として訪れれば、陽柑をはじめ豊富な果物がふんだんに振る舞われる。
 人口比率は当然ながら人間が八割を超える。東部海岸地域よりは離れているものの猫人もかなりの人数が居住しており、人口比率では一割近い。これは帝国に近い領の中ではずば抜けて多い。残りは物好きなエルフや白銀連山の鉱山資源目当てのドワーフだ。いずれにしても、ユレイカ公国は永住権を得るのも小国の中では簡単なので、様々な民族がごったがえしている。
 公国と呼ばれてはいるが、政治形態には公国ではない。政治に関することは三十人程度からなる議会によって決められる。議会員は持ち回りで議長を務め、この議長がユレイカ公国の首長であり、国家元首となる。もっとも、この議長自体は議員になれば順番に回ってくるポストであるので、国内での扱いは議員と議長で差があるわけではない。
 もともと大天争前の時代には、国家元首として選挙によって選ばれた"王"が統治するという形態を取っていたので、その名前が残っているのである。
 ユレイカ公国は議会が国家の運営を一手に引き受けているが、司法に関してはその権限を持っていない。司法には軽微罪状に対して警察組織が担当し重罪に対しては専門の委員会が存在する。委員会では法律を厳格に執行し、犯罪者に刑罰を科する。委員会は専任の十数人の審問官と数十人の民間人から一時登庸される人々からなる。とはいえ、重罪に相当する事件が多数発生しているわけではないので、登用される民間人は普段は自分の仕事に従事している。
 そして、警察組織及び軍隊を統治するのが将校団であり、議会、審問委員会、将校団の三種類の団体によって国が管理されている。また、特殊な選挙形式を持ち、政治の腐敗が極力発生しない構造になっているのが、歴史に埋もれずに国家として続いてきた大きな要因であるとされる。
 さらに、政治の腐敗を防止するのに一役買っていると思われているのが、情報ギルドの拠点支部が存在することである。猫人の情報ギルドの支部は世界中に存在するが、大規模な拠点支部は大都市にしか存在せず人口一万人の国、ましてや首都だけであれば人口五千程度の地方都市に存在する例など皆無なのである。 その情報ギルドの拠点支部が存在するため隠し事がしづらいというのである。猫人の人口比率がわりと高いのもその辺りに理由があるのかもしけない。
 いずれにしても、今までに大きな政治汚職や政治的な問題は起こっていない。そもそも、観光業が大成しており、住民への課税も少なくさらに資源も豊富で外部との戦争もないため、国民の政治への関心は極めて薄く、また為政者側も平和でさしたる問題もなく政争に明け暮れるわけでもなく、穏やかな気候も相まって国全体に緩い雰囲気が流れていること自体が最大の要因かもしれないが。
 ユレイカ公国の第一産業は観光業である。これが七割を占め、残りのほぼ全てを農業が占める。果物の栽培及び加工などである。魔法に関する産業があるわけでもなく、観光公国などと呼ばれる方が相応しく魔法公国などという旧い呼び名は忘れられて久しい。
 とはいえ、魔法公国という呼び名が全くのふさわしくないかといえばそうでもない。この小国が生き残ってきた理由も、政治的な問題が起きない理由も、使徒と呼ばれる魔法使いの集団によるものではないかとまことしやかに噂されている。実際に英雄戦争期の間に帝国からユレイカ公国への進軍記録が残されており、一節では精鋭一個師団が派兵されたともされる。当然ユレイカの小規模な軍隊程度では太刀打ちできるはずも無いのだが、その記録では進軍には失敗したとされている。それも使徒であった強力な魔法使いによるものだと考えられているのである。
 しかし、これは都市伝説として言われているだけであり真実であると信じている人は少なく、ユレイカ公国も公式に何度かこれを否定している。情報ギルドにおいても非公式ながらもこれを否定している。

※下書きの下書き

【闇の妹-モンスターメーカー】

 8

 カスズの街は、ウルフレンドの大陸で最も繁栄している大都市のひとつである。住人はシャーズ族が大半を占め、ギルドの本部もここに置かれている。同じ大都市のブルガンディとはまた違った雰囲気を持ち、活気に満ちた街というよりは静かな街である。それでも、昼間の大通りの人の多さはブルガンディに引けをとらないが。
 港に入港したドローネたちは、折り返す便で去っていくロクサーヌを横目に街へと繰り出す。途中、港の係官の話によれば、ディアーネたちは昨日の午後にカスズ入りしたらしい。やはり、有名に王女戦士はひときわ目立つ。それはドローネたちにとっては相手の状況を掴みやすくした。
「ねぇ、なにかあてはあるの?」
 チチーナがドローネに言った。背に背負った槍以外に腰に長剣を下げている。それは港町で売られている安物ではあったが、ロクサーヌの剣を振り回しているうちに剣に少し興味が湧いたらしい。
「私の記憶が間違っていなければ、カスズの外れに古い教会があるわ。野宿するよりはマシだから、そこでよく野営をしていたの。今もあるかはわからないけど」
 カスズは大都市であるだけでなく、シャーズの貴族の街でもある。そのため、極めて物価が高い。港町の物売りや露天ならともかく、一晩の宿をカスズで求めるのはよほど路銀に余裕があるときにしか出来ない。
 ドローネはまるで何度も来たことのある道を通るように、カスズを抜けて枝分かれする街道を進んでいく。半日ほど進んだころに、ようやく森の木々に隠れるような打ち棄てられた白い建物を見つけた。シャーズは学芸の神ユリンを信仰してはいるが、その信仰心はお世辞にも高いとは言えない。町はずれや寒村にはには誰も来なくなった教会が見受けられる。そんな棄てられた教会のひとつが、ドローネたちの目の前にあった。
 ドローネはゆっくりと教会へと近づいていく。何かを感じて、沸き立つ思いが胸を締める。チチーナが踏み分けられた雑草を見ながら、誰かがこの付近に最近訪れただろう事実をドローネに囁くように伝える。
 教会の扉に手が届く場所までドローネは来た。胸の高鳴りがチチーナにまで聞こえてしまいそうなほどに大きくドローネの耳に届く。視界が狭くなり、教会の扉以外は目に入らない。チチーナの声も今のドローネには届かないだろう。
 ドローネは教会の扉を勢いよく開けた。

「姉さんっ!」

 ドローネは叫び声の近い大きな声、感極まった声を出して、駆け出す。チチーナが教会の中に視線をやると、長い髪の女性騎士と、その奥に大柄な男が見えた。
「よく来たわね、ドローネ」
 ドローネの姉、三姉妹の長女イフィーヌがドローネを迎える。両手を広げた姉に勢いよく飛びつくドローネは、その瞬間だけ闇の騎士では無かった。

続く。
※下書き

【闇の妹-モンスターメーカー】

 7

 朝日が昇りはじめ、辺りを明るく照らし出すころにドローネたちを乗せた船は東に向けて出発した。ブルガンディからシャルトン半島へ向かう船である。
 ドローネは今回は、乗客として乗っていた。一日でも一秒でも早く、向かわねばならない以上、乗せてもらえる船を探す時間も惜しかった。幸い、路銀はブルガンディで稼いだ分があったので、すぐに困るということは無かった。
 一日の始まりと共に出発した船は、朝の匂いに包まれて順調に航海を始めようとしていた。雲一つ無い空を見上げていると、胸がすっとする。
「順調にいけばいいんだけどね」
 チチーナが甲板で目を擦りながら言う。少し眠たそうだ。ドローネもそう思った。
 しかし、その順調な航海はいきなり暗礁に乗り上げようとしていた。
「ここでなら、逃げ場は無いな」
 何処かで聞いたことのある声が後ろからする。ドローネとチチーナがはっとして振り返る。
 聖騎士ロクサーヌである。既に剣を鞘から抜き、こちらにその切っ先を向けている。
 ドローネも振り返ると同時に鞘から魔剣を抜いて構える。チチーナは慌てて手すりに立てかけられてあった槍を握る。
 何事かと、下から船員が何人かあがってきたが、皆やっかいごとに首を突っ込む気は無さそうに、遠くから眺めているだけだった。
 ロクサーヌは海の上なのでいつもの鎧ではなく、軽量の帷子を身に付けていた。すらりとした長身には白銀に輝く鎧がよく似合っていたが、地味目な帷子では、彼女の長い四肢を隠すことはできずに、白い脚が船員の視線を集めていた。
「覚悟ッ」
 ロクサーヌが先制の一撃を放つ。ドローネの間合いの外から、長い脚で踏み込んで、ドローネに斬りかかる。ドローネは剣をかざし、軽く受け流して反撃を狙うが、ドローネの一太刀もロクサーヌに受け流される。
 チチーナは様子をうかがうが、敵味方が接近した状態で打ち合ってる間に槍で入る隙は無さそうだった。
 ロクサーヌは確実な間合いで攻撃を繰り出し続けた。ドローネも鎧を着ていないので、露出した腕や脚に傷が少しずつ増えていく。ドローネもまた反撃を加え、ロクサーヌの四肢に小さな傷を付けていく。
 互いに決定打を放てぬままに、鋼と鋼がぶつかる音が響き、二人の息づかいが静かな船上でチチーナの耳にまで届く。
「・・・うーん勝負はつかなさそうね」
 チチーナは呟く。隙があれば助太刀したいが、その隙も無ければ、一対一の決闘の邪魔はしたくないという思いもある。
 闇と光の戦いは長い歴史に渡って続けられている。闇が隆盛した期間もあれば、光が全土を覆った期間もある。いずれにしろ、ソフィア聖堂の聖騎士と闇の軍団は出会えば戦う運命にあるのだ。もはや、それは世界のルールであった。
 船上の戦いはまだ続いていた。二人はそれぞれ傷を増やしながらも決定的な打撃は与えられずにいた。
 そのとき、波に煽られて船が大きく揺れた。ぼーっと見物に徹していた船員の何人かが転び、チチーナもまた手すりに掴まった。
 ロクサーヌは大きく姿勢を崩し、上体が宙を泳ぐ。ドローネは小さな体を低くし、体勢を崩さずに剣を横に薙ぐ。
 鋼のあげる悲鳴が響き、ロクサーヌの剣が甲板の端まではじき飛ばされる。同時に体勢を崩したロクサーヌは倒れ込む。
 勝負あった。ドローネは体勢を整え、魔剣をロクサーヌに向ける。ロクサーヌも覚悟を決める。
 ドローネは、静かに魔剣を腰に戻した。
「なっ」
 ロクサーヌが声をあげる。
「まあ運が良かっただけだと、私の勝ちは勝ちね。あなたにはやらなければならないことが他にもあるでしょうし、もう邪魔はしないでね」
 ドローネはそう言って、ロクサーヌに背を向ける。
 チチーナがロクサーヌの剣を拾って、ドローネの言葉に続ける。
「これは没収しとくわね。港についたら返してあげるから、ブルガンディにさっさと戻ることね」
 ロクサーヌは肩を落としていたが、すぐに強い目と口調を取り戻し、
「これで終わりとは思わないことね。聖騎士団は少しずつ昔の力を取り戻している」
 そう言いながら、ロクサーヌは甲板から船内へと戻っていた。
 安堵で胸をなで下ろすドローネとロクサーヌの剣を戯れに振り回すチチーナが甲板に残された。
 見上げる空は真っ青に澄み切っていた。
 
 
 
終了後の座談会

チチーナ:槍も良いけど、剣もいいわね!
ドローネ:ちょっちょっと振り回さないでください。アブナイです。
ロクサーヌ:ちっ。せっかく二連続出演なのにまるでやられ役じゃん。剣まで取られてさぁ
ドローネ:でも、ロクサーヌさんは強いですよね。
ロクサーヌ:ま、まあな。これでもダイヤモンドだからな。
チチーナ:ふーん。手元にソフィア聖騎士団のカードゲームがあるんだけどさ。オルカナのが強いよねぇ。てか、私のが強くない?
ロクサーヌ:うるさい。私はアンタと違って魔法攻撃も使えるんだよ!
ドローネ:そんなこと言ったら、私が一番弱いじゃない(ノ_・。)
※下書き

【闇の妹-モンスターメーカー】

 6

 ドローネたちが、ガーラの踊る酒場から出たころには、辺りは夜の帳に包まれて、月が空に高く昇っていた。月と星が暗い街を仄かに照らしている。
 酒場からは、歓声や怒声、あるいは意味のない大声が絶え間なく響いていたが、ガーラから必要な助言を得たドローネたちにはもう用は残ってはいなかった。
 すでに人気が無くなった大通りを消えかけた街灯が照らす中、二人はゆっくりと歩いていた。
「ライバルとなる紅い騎士ってやっぱりカサンドラのことかなぁ」
 チチーナが高い空を見ながらつぶやいた。
「でしょうね」
 ドローネも釣られるように飾られた星々を眺めて言う。楽観できる相手ではない。一刻も早く急がないと。ドローネは焦る気持ちを抑えながらも、無意識に脚の動く速度が速くなる。チチーナは遅れないように小走りになって追いかけてきた。
「!」
 そのとき、二人は自分たち以外の気配を感じ、立ち止まって振り返った。と同時に左右に飛ぶ。
 二人が今までいた場所を白刃が通り過ぎる。
「不意打ちとは、聖騎士団のすることなの?」
 チチーナが軽口を叩きながら槍を構える。暗い夜に不似合いな白銀に光る鎧を身にまとった長身の女性が二人の目の前に立っていた。
「闇の騎士ドローネ、覚悟ッ」
 聖騎士ロクサーヌは長剣を上段に振りかぶり、ドローネに対して一気に距離を詰めて斬りかかった。
 カキィーンという金属の悲鳴が静かな夜の街に響く。ドローネは魔剣を鞘から抜き、剣を受け止め跳ね返す。チチーナがその隙をついて槍を突き出すが、これは簡単に避けられた。それでも、おかげで二人は聖騎士から距離を取ることができた。
「闇討ちなんてヒキョーだと思わないの?」
 チチーナが言う。口だけは早くて軽い。
「光と闇の抗争に卑怯も何も無い。目の前に敵がいれば戦う以外の選択肢は存在しない」
 そう言うと、ロクサーヌは再び距離を詰めて剣を振りかぶる。応戦しようとするチチーナを制して、ドローネは走り出す。
 遅れないようにあわてて後を追うチチーナとロクサーヌ。ドローネは、すぐ右手に見えた公園へと駆け込む。
 いきなり逃げを打つことは予想外だったロクサーヌは二人に少し遅れて公園へと入った。すでに二人の姿は何処にも無かった。公園に大部分は茂みや物陰で隠れており、二人の姿を追うのは困難だ。
 ロクサーヌは聞き耳を立てて、公園の全体を見渡せる場所にゆっくりと移動する。静寂で包まれた夜の公園は、月明かりだけが佇む幻想的な空間になっていた。
 カツンという小さな音が右手の茂みから聞こえてくる。ロクサーヌは、素早く茂みの方へ近づき、二人を捉えるべく茂みへと飛び込む。
 それを確認した二人は、ロクサーヌの背後を気づかれぬように通り過ぎて公園を後にした。あらかじめ拾っておいた小石をドローネが逆側に放り投げたのだ。小さな小石は闇に紛れ、茂みに飛び込み小さな音を立てる。聞き耳を立てていたロクサーヌには、その小さな音で十分だったのだ。
 追っ手が来ないことを確認した二人は、静かな夜の街へと消えていった。
「でも、いきなり逃げなくてもいいんじゃない?いくら、ロクサーヌでも私たち二人で戦えば十分勝てる相手だわ」
 チチーナが槍を握りしめながら言う。久方ぶりの活躍の機会を奪われご機嫌斜めのようだ。確かにロクサーヌは聖騎士団の中でもっとも手強い相手の一人である。しかし、チチーナもドローネも決してひけをとるほどひ弱では無い。
「そうね。勝てない相手では無いわ。でも今は、それよりやらなければならないことがあるし、関係無いなら、誰も傷つかない方が良いのよ」
 明日は、朝一番に港から船でシャルトン半島へ向かわねばならない。リザレクションの旅は佳境を向かえ始めていた。
 
 
 
終了後の座談会

ドローネ:はーい、今回のゲストはロクサーヌさんでーす。
ロクサーヌ:んんん。なんか、私、すごく悪いヤツに見えない?これじゃ。
チチーナ:元々悪いヤツだから良いんじゃない?
ロクサーヌ:・・・そこになおれ、叩ききってやろう。
ドローネ:うわっ真顔で剣を抜かないでー
ロクサーヌ:ううむ。しかし、他のゲストに比べて私の出番少なくないかしら?
チチーナ:やっぱ、悪いヤツだからじゃない?

ブチっ

ドローネ:あっあっあー、きゃー
※下書き

【闇の妹-モンスターメーカー】

 5

 ブルガンディはウルフレンド有数の大都市である。地中海の中心に位置するブルガンディ島は、ウルフレンド全体の交通の要所として、商業の中心として、大いに繁栄していた。人間族以外にも、様々な種族がこの地を訪れ、この地で様々なものを得て、或いは失ってきた。
 ドローネは港に下りると、大通りを通って目的の店に行く。メアリから教えられたとおりに、メモに目を通しながら進んでいく。
 昼下がりの大通りは活気に満ちていた。露天が並び、野菜を売る店、果実を売る店、何かよくわからないものを店頭に並べる店、いろんな店が大通りを飾っていた。
 チチーナが露天に惹きつけられるのを制止しながら、進むこと半刻。ようやく目当ての酒場に着いた。メアリ曰く、ここでガーラは踊り子として働いているとの事である。
「はぁー、人が一杯だね」
 昼の酒場は、酒場ではなく食事の場として混雑していた。あまり大きくない店には、所狭しとテーブルが並べられ、たくさんの人々でごった返していた。
 混雑の中の少ない空きテーブルに案内され、二人も遅めの昼食を取る。チチーナは真っ昼間っからエールを飲み干している。
 ドローネは店員にガーラについて尋ねたが、踊り子の仕事の時間は夜であり、思った通り今は居なかった。
「残念ねぇ」
 チチーナが満面の笑みで杯を空っぽにしていく。その細いウエストの何処にビア樽が格納されているのかと、ドローネは不思議で仕方なかった。
 食事もほぼ終わり、ほろよいのチチーナと食後の至福を満喫しているときに、急にチチーナが険しい顔になって、ドローネに目配せをする。
ドローネが目をやると、斧を傍らに置いた青い髪の女性と同じテーブルにつく桃色の鎧を着た女性が目に入った。
「ディアーネとカサンドラね」
 ドローネは声に出して言う。慌てて制止しようとするチチーナを無視して、さらに観察しながら言う。
「別に慌てなくても良いわよ。光と闇と言っても、こんなところでイキナリ戦うわけないわ。ここはソフィアのお膝元だけど、それ以上にブルガンディでは容易に争いごとを起こすわけにはいかないもの」
 チチーナが安心したようなガッカリしたような顔でディアーネのほうをじっと見ていた。
「・・・ちっ」
 チチーナの舌打ちを聞かなかったことにしてドローネ続けた。
「それに、あっちもこちらに気がついているみたいよ。カサンドラはまだ力を完全に取り戻してはいないのね。ま、王女戦士とはやり合いたくは無いわね」
「これはチャンスよ。アイツをぶっ倒して私が有名になる・・・」
 ぶつぶつ言ってるチチーナを無視して、ドローネは食後の紅茶を飲み干す。力を完全に取り戻していないとはいえカサンドラは聖騎士筆頭。何かリザレクションを授かっているのだろう。それは闇にとって必ず障害となる。聖騎士団はいまや半分も機能していないが、闇の軍団とて、バラバラだ。誰が何処に居るのか誰も把握できていない。
「さてと、行きましょうか。それともサインでもねだってくるの?」
 いつまでたっても、ディアーネに熱い視線を送っているチチーナをしょっ引いて、ドローネたちは酒場を出た。

 日が傾いて西の空を茜色に染める。遠くでカラスの鳴く声がして、街は静かに夕暮れに包まれ、夜を待つ。ブルガンディの中央広場では、露天がいそいそと店じまいをはじめ、街は夜の顔へと変わりつつあった。
 ドローネたちは、あれから街を巡り暇を潰した。闘技場でチチーナが飛び入りで稼いだ幾ばくかの賞金が路銀に追加されて、ドローネの憂鬱を少し解消した。
 昼と同じ造りの扉を開けると、そこは昼とは違う顔を見せる。空いたテーブルに着いた二人は、注文を済ませると、一段高い舞台の上で踊る女性たちに目を向けた。
「かんぱーい」
 また酒を飲んでるチチーナは放っておいた。舞台では数人の女性が肌の大部分を露出させ、踊りを踊っている。その中でもひときわ目立つ女性がいた。
 絶世の美女という表現がこれほどしっくりくる女性が他にいるだろうか。ドローネはそんなことを思った。踊り子たちの中で最も輝く彼女こそ、件のガーラそのひとである。
 別にドローネはガーラの踊りを見に来たわけではない。ガーラの本当の姿は、ウルフレンド随一の占いの腕を持つ魔術師である。
 店内は男共の歓声と口笛の音が響き、騒々しさを極めていた。女性の客はまばらでドローネたちは少し浮いていたが、それを気にする客は誰も居なかった。そして、酔っぱらっていない客もまず居なかった。
 騒々しさが少しずつ収まりを見せてきたのは、夜も更けたころであった。ガーラが退場し、店内から少し客が引いた。それでも、他の踊り子が踊りを続け、店内に響く歓声が止むことは無かった。
 ドローネは機を見て、チチーナを連れて奥に向かった。途中、それを止めようとする店員に、メアリから貰った紹介状を見せて、ガーラの控え室へと向かう。最も人気のある踊り子ガーラには個人用の控え室が用意されているようだった。
 扉を開けると、ガーラが椅子に座ってこちらを見ていた。
「あら、女性のファンなんて珍しいわね」
 ガーラが茶化したように言う。
「ごめんなさい、私たちは、貴方に占って欲しくて此処まで来たの」
「ふふ、わかっているわ。本業で求められるのって、なんだか久しぶりだわ」
 ガーラの表情に無邪気な笑顔が見える。この、本当の年齢は誰にもわからない魔女の踊り子は、長い時間を流れながら踊り続けてきたのだ。
「あなたはドローネだね。あなたのことはよく知っているわ。占って欲しいこともね」
 ガーラはそこで言葉を切ると、手元のテーブルに置かれたコップの中の水を喉に流す。コップが机に置かれた小さな音が小さな部屋に響き渡る。
「本来なら、高い高い占い料を頂くところだけど、ディオシェリルには借りもある。それに、アンタの人生ほど興味深いものも無いからのぅ。タダで占ってやる」
 後ろでチチーナが飛び上がって喜んでいるのがドローネには見えなくてもわかった。
「金や愛など踊っていればいくらでも手に入るが、踊るだけでは手に入らぬものもあるのがこの世の中の良いところじゃな」
 既に、そこには絶世の美女は居なかった。杖をつき、片目を失った老婆が皺の刻まれた顔で笑っているだけだった。
「金の代わりにアンタの髪の毛を一房頂こうかのぅ」
 ガーラはそう言いながら、後ろから水晶玉を取り出すと、小声で何事かを呟いた。
 ドローネは言われるままに髪を一房、手元の魔剣で切り取った。後ろで、何かを畏れるような顔しているチチーナに向かってガーラが、
「別に呪いをかけたりすんじゃないから安心しな。それがあれば私ゃアンタのことが何時でも見れる。アンタの人生ほど魅力的で興奮する演劇は他には無いからの」
 そこで、ガーラは話すのを止めて水晶玉に集中した。光も音もしないが、そこに何かが渦巻いてるのを二人はありありと感じた。ドローネは腰の魔剣が反応していることに気がついた。魔剣は、微妙に振動し、耳鳴りのような小さな音が魔剣から鳴っている。
「西へ向かえ。海を越えてシャルトン半島へ」
 ガーラが厳かな口調で言う。
「そこで、リザレクションは達成される。お前の愛する人の一人にも出会えるだろう」
 ドローネはぎゅっと目を閉じた。リザレクション達成への足がかりを得たのだ。そして、姉たちとの再会も。
「幼い紅い騎士がお前のライバルとなろう。急ぎなさい」
 ガーラはそれだけ言うと、水晶玉を後ろにしまった。杖を床に置き、二言三言呟くと、一瞬のうちに美女の姿に戻った。
「私が言えるのはそれだけね。せいぜい頑張りなさい」
 ガーラは若返ると声もまた別人のようになった。チチーナがその変化についていけずに戸惑いを隠せない。ドローネはガーラに礼を言うと、その場を立ち去った。
「ディオシェリルによろしく言っておいて」
 
 
 
終了後の座談会

ガーラ:ほっほっほ、しかし地獄行く!ズドーン
ドローネ:なんですとー!それはギリギリというよりレッドゾーンですよ!
ガーラ:ふん、長生きすれば怖いものなど何もないわっ
チチーナ:今回は、出番あった・・・のかなぁ
ドローネ:スゴイじゃないですか、台詞が一杯ありましたよ!
ガーラ:なんか、どれも合いの手みたいな感じで誰が言っても一緒みたいじゃったがのぅ
チチーナ:がーん
ドローネ:ちょ、そんなこと言ったら、またいじけるじゃないですか〜
チチーナ:・゜・(ノД`)・゜・
ガーラ:最近の若いもんは・・・
※下書き
執筆日:2006-8-10

【闇の妹-モンスターメーカー】

 4

 エルセアを出航して二日が過ぎた。海の上にはあまり縁の無かったドローネは、海鳥の鳴く声に、波飛沫の弾ける様に、潮の風の香りに、見る物触れる物全てに感激していた。雲一つ無い青い空は何処までも広がっているように見えたし、白波しか見えることのない水平線は彼女の心を刺激した。
 船には馴れているチチーナは、暇だという言葉が口癖となっていた。
 ブルガンディに向かう為に、エルセアから船に乗った一行だが、一行には金銭的余裕が無かったため、二人が乗っているのは客船ではなく、商船だ。荷下ろしやその他の雑務を手伝うという条件付きで乗せて貰っているのだ。とはいえ、海の上では、専門的な知識が皆無の二人に割り当てられた仕事は、せいぜい食事の準備の手伝いであった。
 二人は、ゆったりとしたとまでは言えなかったが、特にドローネは珍しい船旅を楽しんでいた。
 三日目にもなると、目新しいものも無いのか、ドローネも甲板で手摺りにもたれつつ、穏やかな波の動きに身を任せている。チチーナが後ろで大きな欠伸をした。
 そのとき、ドローネは視界の片隅に別の船の影を捉えた。航海中に見る初めての船とあって、ドローネは少し嬉しくなった。
 その直後に、船員たちが急に慌て始めた。甲板では怒号が飛び交い、船員達が大慌てで行き来する。事情が飲み込めないドローネたちに、ブリッジにあがってきた船長が、あの船が海賊船であることを告げた。
「えー!」
 チチーナが大声をあげる。出航前に海賊の噂は聞いてはいたが、まさか自分の乗ってる船が狩りの対象になるとは思ってもいなかった。海賊船は速度を速めて、商船に近づいてきた。主な動力が風の帆船では逃げようも無かった。
 チチーナが槍を自室から取り出してくる。ドローネも剣と鞘だけは身につけている。鎧は船上では重すぎて万が一海に転落した時に命取りになるから、身につけることはできないのだ。
 商船には、他に戦える者は乗っていなかった。
 やがて、大きな音と衝撃が商船を襲った。海賊船が真横に接触し、板を渡して、直接乗り込んでくるのが見えた。
 ドローネとチチーナは身構えて、海賊の襲撃を迎え撃つ。
 板を軽い足取りで渡ってきたのは、海賊のシンボルがついた黒い二角帽と黒いマントを身に纏ったシャーズの女海賊ノーラであった。
「この商船はノーラ一家が拿捕した!」
 女海賊の声が高々と海に響いた。ノーラはドローネとチチーナを一瞥すると、
「おとなしくしていれば、危害は加えない!無用な傷を負いたくなくば投降せよ!」
 それは、刃向かう意志を少しも見せない船長に向けられたものではないのは、二人にもすぐわかった。
 ドローネは鞘に納めた魔剣の柄を放さない。チチーナもまた槍を構えたままだ。ノーラは右手に短い曲刀を持ち、左に筒のついた奇妙なものを構えている。ドローネにはそれに見覚えがあった。
 短銃だ。普通の銃をコンパクトに改良したものだ。昔に、機械いじりの大好きなモンタズナが一時期研究していたのを覚えている。が、すぐに加熱で変形するわ暴発するわ、接近戦では使い物にならずに、結局モンタズナは投げ出したのである。
 もちろん、威力は剣や槍の比では無いが、直撃さえ避ければ致命傷には至らないし、連射が利かないため無力となる。だから左手に構えているのだろう。
 ドローネは先手を打つ機会をうかがっていた。その反抗的な目にノーラは当然気がついている。ノーラも二人から目を離さない。商船には、ノーラの他には数人の部下しか移っては来なかった。副団長らしき男のシャーズが部下を制止したためだ。
「さて、反抗的なやつが居るね。アタシをノーラと知ってのことかい。有り金全部差し出すなら今ならまだ許してやるが」
 そこでノーラは言葉を句切った。
 残念だが、ドローネには差し出す有り金はほとんど残ってはいなかった。そのなけなしの路銀を奪われるわけにもいかない。ましてや、これ以上、旅を遅らせたくは無い。ドローネは鞘から剣を抜き放つ。

 タァン

 突発的な渇いた音が甲板に響き渡る。ノーラの発砲は、ドローネの足下に突き刺さる。甲板に簡単に穴を開け、その威力をまざまざと見せつけた。ドローネはその場から一歩後退して、発砲を避ける。ドローネは銃口から射線がわかる。これで、短銃はもはや使えない。そう踏んだドローネは一気に間合いを詰めて、魔剣を奔らせる。
 カキィンという音と共に鋼と鋼がぶつかり合う。ドローネの剣はノーラの短銃に止められる。
「・・・なかなかやる」
 ドローネは再び間合いを開けて、ノーラの曲刀の一撃を避ける。
「殺すつもりは無かったとはいえアタシの銃を避けたんだ、褒めてやるよ。でもね、アンタが思ってるより科学は進んでるのさッ」
 ノーラの声が終わらぬ前に、短銃がもう一度火を噴いた。ドローネは予想外、そして予定外の二射目を転がって避ける。弾は再び逸れて、操舵室の壁に穴を開ける。
 あと、どれだけ連射が効くのかわからない。ドローネは再び間合いを詰める。剣を振り下ろし、銃を使わせないように切り込む。ドローネは剣の腕なら自信があった。
「銃での威嚇が効かない相手は久しぶりだねッ」
 ノーラが曲刀を滑らせる。ドローネとの斬り合いが少し続く。
 チチーナは、隙を伺っていたが、副団長のシャーズがナイフを構えて牽制している。この男は、ノーラに絶対の信頼を寄せているようだ。ノーラが負けることは想像もできないのだろう。一見、頼りなさげに見える優男であるが、油断できるような相手では無かった。
 タァン、三発目の発砲音がした。弾はドローネの右手をかすめて海の彼方へ消える。ドローネは怯まない。光と闇の抗争に明け暮れた時期もあるドローネには、恐怖や怯えといった感情は既に失われて久しい。
「やるねぇアンタ!ここまで楯突くのはイフィーヌ以来じゃないかねェ!」
 不意に姉の名を聞き、ドローネの動きが一瞬止まる。ノーラもまた不意に動きが止まったドローネについていけず、互いに間を空ける。
「あなた、姉さんを知っているの!?」
「ほぅ、アンタが例の妹さんか」
 ノーラは左手で短銃を構えて崩さない。しかし、短時間で三発も発砲した短銃はもはや撃つことはかなわない。次撃てば暴発は避けられない。
 ドローネは魔剣を構え、銃口の動きに細心の注意を払いながら、
「姉さんを知っているのね。何時何処で会ったの?」
「・・・」
 ノーラは答えない。短銃を構えたまま、ドローネに問う。
「アンタもイフィーヌ同様、リザレクションを授かっているね?」
 ドローネは黙して肯く。
「なら、アンタに聞く。闇の勢力がかつての栄光を取り戻したときにアンタはアタシに何をくれる!?」
 しばしの沈黙が船上を静寂に閉ざした。チチーナの鼓動でさえ、副団長の呼吸でさえ、聞こえるのでは無いかというほどに無音の時間が、波の音さえ聞こえぬ時間がただ過ぎる。
 急に海鳥の声が遠くで響く。それが合図のようにドローネは口を開く。
「わからない。私はただの騎士に過ぎない。私にはあなたにあげられるようなものは無いわ」
 ノーラが言う。
「あはは、素直というか嘘をつくことを知らないのね。そういうところは姉には似てないのね。その目も太刀筋もよく似てるというのに」
 そう言いながら、ノーラは短銃を腰に戻す。雰囲気を察知した副団長が部下を自分達の船に戻し始めた。
「アンタの姉は、二週間前に、このブルガンディへの航路で出会ったのよ。その後のことは知らないわ。今回はアタシの負けにしといてあげる。リザレクションを授けられた者を妨害するほど落ちぶれてはいないもの」
 その言葉に、後ろで船長が緊張から解き放たれたのか、へなへなと腰を落とす。チチーナは構えた槍を下ろすことは無かったが、活躍の場もなく平穏無事に事が済んだことを内心悔しがっていた。
「じゃあな、また会おう。そのときはこの借りを返して貰うからな」
 そう言いながら、ノーラは自分の船へと戻っていった。
 海賊船が去っていくのを、事態が飲み込めずに呆然とする船員と、緊張が解けて腰を抜かした船長がぼーっと眺めていた。
 船が再び航海を始めるには、少しの時間が必要であった。
 
 
 
終了後の座談会

ノーラ:ひゃっほーい、アタシは海賊王になるっ!
ドローネ:いきなり、ギリギリなネタはやめてください〜
ノーラ:これからの時代は銃だぜ!あのゴーレムヲタクにも言っておきな!
ドローネ:モンタズナさんは細々としたものは苦手なんですよ、きっと。
チチーナ:・・・また出番が無かった。
ドローネ:えっと、その、次はきっと出番がありますよ?
チチーナ:・・・疑問形だし。
シャット:お前なんかまだマシだーーーー俺なんか出てんのに、名前が出てないんだぞぉ!
ノーラ:んー、ゲストは一話につき一人って決まりがあんだよ。たぶん。
ドローネ:いや、そんな決まりは無かったと思いますが。。。
シャット:うがー飲んでやる暴れてやるー
チチーナ:アタシも暴れるぅぅ
ノーラ:もう酒入ってんのかよ。
※下書き

【闇の妹-モンスターメーカー】

 3

 アルルと別れ、ダンシネインの森を迂回すること三日あまり。結局、エルセアについたのは、予定よりも一週間以上遅れてのこととなった。
 エルセアは、地中海に接する大きな港町だ。街には多くの人間が生活している。港町であるからか人間以外にもシャーズも多い。潮の匂いが仄かに香り、活気溢れるこの街は、ゾラリアやブルガンディに近いこともあり、交通の要所として繁栄を続けている。
 ドローネがこの町を目指していたのは、ひとつ思い当たるものがあったからである。街に着くと、すぐに街の奥の雑踏へと足を進める。歩きづめのチチーナが暖かいベッドと一杯のエールを要求したが、却下した。
 街の活気に比例するのか、あるいは、街に居づらい暗い影が集まるのか、雑踏の奥はそこだけ違う雰囲気の空間となっている。
 ドローネは以前訪れたことがあるかのように、迷路状の雑踏を進み続け、ひとつのドアを開ける。チチーナも遅れないように後に続く。
 お世辞にも大きいとは言えない部屋の中には、剣や斧、槍といった武器類が並んでいた。チチーナは、手近な槍を取ってみて見たが、業物とまでは言えないが、良質の品であるのはすぐにわかった。
(もっとも、私の槍ほどじゃないけどね)
 ドアが奏でる雑音にか、人の気配に気づいてか奥より人が一人出てきた。赤毛の目立つ眼鏡の女性だ。
「いらっしゃい、どれもこれもええ品やでーすきなもん買うてや〜」
 独特の訛りと方言の言葉を扱う女性に、チチーナは見覚えがあった。いや、正確には、姿は彼女の記憶の中の人とは少し違ったのだが、目の前の人間は、その人だと断言できる。きっと眼鏡は伊達眼鏡だろう。なんせ今まで、この一風変わった言葉を聞いたのは、その女性の前だけなのだから。
「今、欲しいのは武器じゃないの」
 ドローネが奥から出てきた店主に言った。
「なんや、武器屋に来て、武器がいらんて話にならんやないか」
 店主が言う。言葉はいかにも冷やかし客に腹を立てる店主の言葉であるが、その表情はそうではなかった。目をきらきらと輝かせ、まるで子供のようだ。
 しばらく静寂が店内を支配したが、カウンターに片肘をついた店主がすぐに言葉を発した。
「ウチのこと知ってるようやな、後ろのねーちゃんには見覚えあるんやけど、あんたの顔は知らんわ。ウチはメアリ、あんたは?」
「私はドローネ。よろしく、メアリさん」
 ドローネが丁寧に一礼する。
「ほー、あんたが噂の妹さんか。で、何が欲しいねん?」
「人を探してるの」
「姉探しか?」
 ドローネの言葉に、即答するメアリ。ドローネは軽く一息ついて、言葉を続ける。
「それもある。けど、今はガーラさんを探しているの」
 ドローネの言葉を聞いて、メアリはほうほうと言いながら、手元の紙切れにペンを走らせる。メアリに真剣な眼差しを向けるドローネの後ろで話に入れずにいじけてるチチーナは、ひたすら壁に掛かってる槍と斧の品定めに没頭している。
「んー、あんたの姉さんの居場所はウチにもわからんけど、ガーラならわかるで」
 そこで、メアリはコホンと小さく咳払いして、
「で、いくら出すのん?」

 完全な沈黙が世界を包む。遠くで聞こえるはずの街の活気さえもかき消された、狭い冬の中でドローネは、ギギギと錆び付いた金具の音を奏でながら、首を回して後ろの同行者をみやる。そこには、既に後ろを向いてこちらに長い髪の毛で隠れた背中しか見せてない、なんとも頼りない同行者の姿があった。
 はっきりいってお金は無かった。ドローネにしろチチーナにしろ、旅を続けるのに最低限の路銀しか持っていない。いや、むしろ最低限にさえ満たないかもしれない。
「あははははは」
 ドローネの渇いた笑い声が、寒い世界をさらに極寒に近づける。メアリの目が怖い。
「その腰の剣でも貰っとこか?」
「そ、それはダメ!」
 メアリが、ドローネの剣をじっと見ている。ドローネと幾多の死線を乗り越えた闇の魔剣。それだけは手放すわけにはいかない。
「・・・出世払いはダメ?」
「ウチが欲しいのはゼニだけなん、知っとるやろ?」
 そうやって、メアリが左手で小さく輪っかを作ってみせる。ドローネとてそんなことは百も承知だった。ウルフレンド随一の情報屋メアリの恋人は金貨だという話は有名すぎる。
「・・・と言いたいところやけど」
 肩を落としてるドローネの前でメアリが自分の言を撤回して、話を続ける。
「ウチも鬼やない。しかも、アンタの出世払いは期待もできるときたら、力貸してやらんでもないよ」
「ほんとに!」
 ドローネが両手を胸の前で繋いで目を輝かせる。その声に驚いたチチーナがこちらを振り返る。
「ウチは嘘はつかん。ウチとしても、あんたらの軍団と仲良くやっていけるなら、それにこしたことは無いしな。ケンカはしたくないっちゅーわけや」
 ドローネが両手をあげて喜ぶ。正直なところ、お金が無いドローネは、上手く行く自信は全く無かったのだ。
「けど、タダはあかん」
 
 
 
 結局、ドローネは手持ちの三分の一を失った。もちろん、定価(メアリの言う定価だが)の十分の一以下である。
「タダはあかん。タダより高いもんは無いし、タダは存在自体が悪や」
とまで断言するメアリに、情報料をこれ以上負けさせることは、世界をひっくり返すより難しいことである。
「ブルガンディに向かえ」
 メアリはそう言った。丁寧に、ガーラの居場所を示した地図も付けてくれた。ドローネはメアリに礼を言うと、メアリの武器屋を後にした。
 
 
 
終了後の座談会

メアリ:はァーい、ウチのファンのみんな〜ようやくウルフレンドの真のアイドルの登場やでぇ
ドローネ:・・・なんかロリエーンみたいなノリですね。。。
メアリ:まあな、これでも引っ張りだこなんやでーそこで泣いてる影の薄い槍女とは違うっちゅーことやな。
チチーナ:シクシク。だんだん出番が削られてる気がする・・・
ドローネ:そ、そんなこと無いですよ。
チチーナ:・・・もしかして私居なくても問題無い?
ドローネ:そ、そんなこと無いです、よ?
メアリ:あーはっはっは、なんなやウチが代わりしたろかーえー話やろ、今ならギャラも負けといたるでー
ドローネ:・・・しっかりギャラは取るのね。
【闇の妹[2]-モンスターメーカー】

 2

 ドローネは途方に暮れていた。
 そもそも、言い出したのはチチーナだった。確かに、それに安易に同調した自分の責任も全く無いとは言い切れないのだが。
 ドローネは今日何回目かわからない溜息を吐いた。まだ日さえ昇らぬと言うのに。深い溜息は、となりの同行者にも聞こえているだろう。
「やーねぇ気にしちゃダメよ」
 チチーナがドローネの肩を叩く。鬱蒼とした木々が絡む下で、ドローネの声が響く。
「気にならないわけないでしょう!だいたい近道をしようと言ったのはチチーナさんじゃないですか!」
「…いや、でも、ドローネも賛成したじゃない」
 深い深いダンシネインの森で二人は遭難していた。

 ドローネは始めエルシアの港町を目指していた。街道を徒歩で進んでいた。順調にいけば三日とかかるまい。
(そう、そこまでは良かった。別に何の問題もなかったのよ)
 今、ドローネは生い茂る森の中を微かに差し込む朝日の光を頼りに突き進んでいた。小さな木々の枝が肌を引っかき小さな傷ができる。露出の高いチチーナは傷だらけになってしまっていた。
 街道はダンシネインの森を大きく迂回するコースを取っていた。そこでチチーナが言ったのだ。
「ダンシネインの森を突っ切った方が早いんじゃない?」
 その一言が全ての始まりだった。
 そうして、早くも三日、街道を進んでいればとうにエルシアに着いているだろう頃に、二人はダンシネインの森の何処かに居るのである。
「はぁ、先が思い遣られるわねぇ」
 人ごとのように言うチチーナを斬り倒したい衝動を抑え、ドローネは北へ向かう。そうすればいつかエルシアの方へと抜けられるだろうと思って。
 
「ん?」
 チチーナが何かに気が付いて立ち止まった。ドローネも遅れて、目の前に何かいるのがわかった。
「クラゲ?」
 ドローネの初めて見る生き物だった。白い透明なクラゲがふわふわと浮いている。森の中であるので、小動物の類はそこそこ見受けられたが、よくわからない生き物は初めてである。ドローネは同行者に聞いてみる。
「あれ、何かしら」
「クラゲよ」
(そんなことは見れば解るんですが…)
 ドローネはすんでところで口まで出てきた言葉を飲み込み、クラゲの方を見やった。クラゲはふわふわと少しずつ近づいてくるではないか。
 その大きさは、背の高いチチーナよりも大きく、小柄なドローネの倍はあろうかというほどであった。それは森の木々を避けながら、器用にこちらに近づいてきた。同時にチチーナが槍を構えているのが見えた。
「…あれは肉食動物よ」
「ひゃー」

 クラゲとの戦いは死闘を極めた。チチーナが得意とする槍は狭い森ではその真価を発揮できず、ドローネは自分の意識にまだ体がついて行かない。クラゲはそんな二人の獲物を糧とする為に、触手を伸ばし二人を絡め取ろうとする。

ひゅん

 風切音と共に矢が飛んできて、クラゲに突き刺さる。チチーナは触手を薙ぎ払い、矢の飛んできた方を視線をやると、木の上に弓矢を構えた背の低いエルフの姿が見えた。チチーナにはそのエルフに見覚えがあった。
「アルル!丁度いいわ、助けて〜」
 チチーナは、そのエルフに助けを求める。歴戦の勇者二人がクラゲに苦戦するとはなんとも嘆かわしい状況ではあったが、この丘クラゲ、なかなか手強い存在でもあった。
 助けを求められたアルルは弓に矢を三本同時につがえると、それをクラゲに向けて放った。そのうち二本の矢は風を切りクラゲに突き刺さる。クラゲが悲鳴なのか、くぐもった呻き声をあげる。残った一本はクラゲを逸れて、ドローネの左肩に命中した。クラゲと同じく悲鳴をあげるドローネ。
「ありゃ、失敗失敗。えへっ」
「えへっで済まさないで…」
 ドローネの抗議をよそに、クラゲは新たな強敵の出現を感じ取り、アルルの方へと触手を伸ばす。
「きゃ」
 触手から逃れようとして、アルルは木から落ちた。
 どすんという大きな音が森に派手に響く。
「あー役立たずだわ」
 チチーナは再び槍を構えた。ドローネも左肩を押さえながら、同じ意見であった。

 その後、チチーナの奮戦もあり、クラゲはなんとか撃退された。しかし、ドローネは肩に手痛い傷を負ってしまった。
「ご、ごめんなさいねぇ」
 アルルが両手を合わせている。ここまで弓を扱うのが下手なエルフが存在しても許されるのだろうかとドローネもチチーナも思っていた。
「と、ところでこんな所で何をしているの?」
 アルルが言った。
「「遭難」」

 森の住人たるエルフの道案内を受け、二人は三日と半日ぶりに森を出た。森を抜けた二人の目に飛び込んできたのは、ベング高地であった。ベング高地はダンシネインの森の南側に広がるだだっ広い丘である。エルシアとはダンシネインを挟んで真逆に位置する。
「ねぇアルル。私たちはエルシアに向かってたんだけど、森の反対側に出ちゃったんだねぇ」
 チチーネが言った。
 ドローネにはもはや、何かを言うだけの気力は残っていなかった。
 
 
 
終了後の座談会

チチーナ:はーい、今日はここまで〜
ドローネ:・・・痛い。
アルル:ごめんねー、まあ別に死ななかったんだから気にしないで
ドローネ:死んだら、この話も終わっちゃうんですが
チチーナ:まあ、いいじゃん。長い旅なんだからいろいろあるわよ
ドローネ:もとは言えばチチーナさんのせいじゃないですか〜
チチーナ:・・・まあ、気にしすぎないことよ。ハゲるわよ

チチーナ:ところで、アルルって女の子?男の子?
アルル:さて、なんのことやら?
ドローネ:絵は女の子っぽい気もするけど
チチーナ:でも男の子って話もあるよね?
アルル:・・・さぁてどうなんでしょうか・・・
チチーナ:手っ取り早く確認する方法があるわっ!アンタ脱ぎなさい!
アルル:ちょちょっと待ってください〜
チチーナ:脱ぐのよ!今すぐに、私が服を引っ剥がしてあげるわ!
アルル:だ、ダメです。チチーナさん、スボンから手を放してくださいー。ドローネさんも助けて
ドローネ:・・・わくわく
アルル:だぁーめー
【闇の妹-モンスターメーカー】

"覚醒"

 そこは、何処かの海岸であった。
 彼女は目覚めの微睡みに半刻ほど囚われていたが、少しずつ彼女の本来の記憶が蘇ってきた。真夜中だろう闇に包まれ、星の輝きと月明かりだけが、彼女を照らしている。
 手元には彼女の剣があり、夜の闇の中で暗く煌々と輝いていた。夜の暗さより、なお闇深き業を背負いし魔剣は、永い時間を経てもその輝きを失うことは無かった。
「…闇の色は夜の黒とは違うのね」
彼女は呟いた。
 彼女が此処に居るということは、このウルフレンドの地に光と闇の均衡が取り戻されたということ。そして、それは再び戦いの始まりである。
 目覚めたばかりの彼女には、重すぎる使命が課せられていた。闇夜に生きる暗き者といえど、少女の面影を残す彼女の小さな背には闇の軍団を背負う大役は大きすぎる。
 記憶の狭間を流離う微睡みの中で、赤き魔女の姿を映した闇が彼女に囁く。声ならぬ声が彼女の頭に流れ込み、闇の使命を伝える。闇の軍団として、彼女にはなすべきことがある。激しい圧力と闇の重みが去ったあとには何も残っていない。かすかに、残るは暗き闇の残り香のみ…

 ドローネは今、リザレクションを授かったのである。

 赤き魔女の幻影は、彼女に多くを伝えたわけではなかったが、闇の軍団が今置かれている状況はドローネにもわかった。彼女の姉たちはもはや復活を果たし、それぞれの道を歩んでいる。闇の繁栄のための道を。
 ドローネもまた、闇のために進まねばならぬ道が与えられたのだ。
 闇のため、姉たちのため、赤き主人のためにドローネは立ち上がった。

 そんなドローネのもとに一人の女性が歩み寄ってきた。不覚にも、ドローネはその気配に気がつけずに接近を許した。ドローネが、記憶の狭間から還ってきた混乱の中、目覚めきっていなかったことも原因ではあるが、相手もまた、気配を絶つことなど造作もない達人であった。
 現れた人影は黒い長い髪を靡かせ、東洋の衣に身をつつみ、一つの槍を掲げた女性、チチーナそのひとであった。
 ドローネは手元の魔剣を構えた。
「なにをしにきたの?」
 ドローネが構えを崩さずに口を開ける。槍の名手チチーナの名前はドローネの記憶にも焼き付いている。手加減のできる相手ではない。むしろ、目覚めたてのおぼろげな技術では、不利であり、まともにやり合える相手ではなかった。
 しかし、チチーナに敵対する意志は無く、彼女は穏やかな口調で答えた。
「あなたの元に来たのよ」
「闇に力を貸してくれるというの?」
 その問いにチチーナは黒い髪を掻き上げ、真剣な眼差しで答える。
「私は今、歴史の傍観者にすぎない。今は、あなたの元で歴史を見るさだめ」
 ドローネしかり、このウルフレンドでは全ての存在がなんらかの宿命を背負う。チチーナは歴史の見ることを運命づけられているのだ。ドローネが闇を背負うように。
「わかったわ。これからよろしくね」
 ドローネは魔剣を鞘に戻し、チチーナに右手を差し出す。そして、チチーナが差し出した右手を強く握りしめた。
 過去には、違う勢力に分かれ刃を交えたこともある。また別の時には、肩を並べて戦友となったことも。彼女が頼れる存在であることは、ドローネはよく知っている。
 チチーナもまた、ドローネの右手を握りながら言った。
「こちらこそよろしく。あなたの旅は苦しいものになるわ。今のウルフレンドでは、お世辞にも闇の軍団は強くない。いや、いまや、闇さえも、もっと昏き闇に飲み込まれようとしている…」
 チチーナの言葉を遮り、ドローネの口から自然に言葉が出る。
「ベイオエント…」
 その名前さえも暗く、その響きさえ不快に満ちた名。口にするだけで禍を呼び、不幸を撒く存在。
「そうね。この荒れたウルフレンドに光が差すとしたら・・・おっと、ごめんなさいね、闇が再び勢力を取り戻すには、ディオシェリルの力が不可欠よ」
「わかってるわ。私は闇の軍団よ。与えられた使命は全うする」
 ドローネは砂地を踏みしめ、拳を握りしめ決意を固める。深き闇の業に負けぬ強い心が彼女を満たし、夜の闇の中へ彼女を押し進める。
「まずは、イフィーヌたちを探さなきゃね」
 チチーナの言葉に、ドローネは小さく肯いた。使命を果たすうえでも、愛する姉たちは必ず力になってくれるだろう。
 そして、今再び、光の中に闇が一筋差し込んだ。ドローネは、チチーナとともに新たな一歩を踏み出した。
 
 
 
終了後の座談会

チチーナ:はーい、というわけで、ここに
ドローネ:闇の妹"覚醒"(リメイク版)をお贈りいたしまーす。
チチーナ:ま、始まったばっかだし、語ることなんて何もないのよね〜
ドローネ:うん。とりあえず、姉さま達を探さなくっちゃ
チチーナ:っていうか、私ってイマイチ知名度低いのよねー
ドローネ:チチーナさんは初代カードゲームからの参加なのにね
チチーナ:そうなのよ、だいたい私、五番目に強いのよ。アレじゃ
ドローネ:ガンダウルフさん、アルシャルクさん、ディアーネさん、タムローンさん、で
チチーナ:そう。次が私なんだけど。上四人は超有名人じゃない?
      でも、私はなんか・・・
ドローネ:まあ、落ち込まないでください・・・
チチーナ:きぃぃぃ。アンタだって、私より有名人じゃないのッ
ドローネ:あわわわわ、落ち着いて〜
【八月末日】

「暑いな〜」
「ああ、暑いな〜」

小さな部屋に、だらけた声が木霊する。

「なあ、ここ俺の部屋だよなぁ」
「ああ、そうだな」

南向きに配置された窓からは、この世のものとは思えぬ日差しが
悪意を持って差し込んでくるようだ。

「なんで、お前が此処に居るんだ〜?」
「暑いからだろ」
「そうか」

薄汚れた畳の床から陽炎が立ち上っているような幻覚が見えた。

「なんで、俺の部屋のクーラーは壊れたまんまなんだ?」
「そりぁ暑いからだろ」
「そうか」

壊れたクーラーは、うんともすんとも音を立てず、
その存在が体感気温を押し上げているのではないかとさえ思う。

「なんで、修理しないんだろ?」
「もう必要が無いからだろ」
「そうか」

夏の日差しももう後少しの我慢なのだろうか。
ともかく、この暑さでは何もする気が起きない。

「ちょっと暑すぎねーか?」
「なら脱げば?」
「もうズボンなんかとっくに脱いでるぞ」
「そうか」

半裸になった程度では、悪魔の日差しを防げようも無かった。

「部屋の中でも日焼けができそうだな」
「おまえ、青白いから丁度良いんじゃねーか?」
「そうか」

日焼けしようがしまいが、そんなことはこの暑さに比べれば
些細なことではなかった。

「風鈴でもあれば涼しくなるかなぁ」
「ムリだろうけど、よく似たものならあるぞ」
「そうか」

そういうと、トライアングルを窓際につり下げた。
確かに音は似ているが、トライアングルは風が吹いても
音は鳴らなかった。

「よけいに暑くなった気がするなー」
「気のせいだ」
「そうか」

窓の外にいつも見かける少年達の姿はもう無かった。

「あー世間ではもう夏休みは終わったのかね」
「今頃、少年達は宿題に悩まされているのだろう」
「そうか」

八月の末日は毎年同じ光景を至るところで見ることが出来る。
子供っていうのは、育つ環境が異なっても
結局は似たり寄ったりするものである。

「俺らにもあーいう時期があったよなー」
「そうだな、一昨年まではお前もそうだっただろ」
「そうか」

正午をとうに過ぎ、日が傾いてくるころなのに
気温は一向に下がろうとしない。
彼らを焼き殺そうというのだろうか。

「しかし、暑すぎね?死んじゃうよ?」
「ん?死ぬほどは暑くはねーんじゃねーかな、少なくともお前は」
「そうか」

あまりの暑さに声を出すのも怠くなる。
あまりの暑さに記憶さえも飛んでしまうのではないかと感じる。
あまりの暑さに昨日のことが思い出せない。
 
 
「んー、よく考えたら、アンタは去年交通事故で死ななかったけ?」
「死んだのはオマエだよ」
 
 
 
【エリザベート日常のひとこま】

エルが腰掛けた椅子の向かいには、眼鏡を掛けた女性が座っている。
ヘアバンドで纏めた黒髪が落ち着いた雰囲気を醸し出しては居たが、
この国の人間ではない青い瞳が精彩を放っている。

「あんたさー仕事サボってもいいの?」

女性がエルに言う。エルは手を振って、手元の紅茶を口に運びながら、

「別にサボってるわじゃないわよ?だって客があんたしか居ないんだもの」

駅から少し外れた喫茶店では、
夕暮れどきは客もまばらで閑散としていることも珍しくはなかった。
カウンターではマスターが暇そうにこちらを眺めているのが目に入る。

「キャロの方の仕事も大変そうねー」
「そうね、私の方は忙しいわね。ウォルフほどじゃないけど」

"は"の部分に強いアクセントを置きながらキャロが言う。

「まあ、ウォルフは別格ね。あれは怠いわー」
「仕事も辛いけど、何より満月を避けて夜勤を入れなきゃだめだから
 スケジュールが大変だってグチをこぼしてたわよ」

エルは自分の紅茶を飲みながら、自分の金髪を弄っている。

「ってかさー、エルってば大丈夫なの?」
「なにがー?」
「食事とかのことよ」
「あー、えーっとその、意外と生きていけるものね。野菜も美味しいよ?」

少し間が空いてエルが続ける。

「スローフード万歳」
「・・・なんていうか、名門のお嬢様のセリフとは思えないね」
「そっちもどうよ?これからは茄子なんかお薦めよ?」
「いや遠慮しとくわ、私はやっていけるからさ」
「そうよねー。ちょっち羨ましいわ」
「そう?スローフード万歳とか言えるあんたの方が羨ましいわよ」

その後もたわいのない会話が続き、時計の針も歩みを進める。
そろそろ時間が来たと、キャロが店を後にする。
エルはそれを見送った。

「サボってんのは、あっちの方だよね」

店に戻りながらマスターに言う。
マスターは何も言わずに自分の為にコーヒーを淹れていた。
彼女は眼下を見下ろした。
駅前広場には、あくせくと行き来する人々の群れが見える。
駅舎から吐き出された米粒ほどの大きさの人々が
まるで、ひっくり返された盆から流れ出した水のように散っていく。
姿形も同じであれば、彼女には顔さえ同じに見えた。
駅前広場の真ん中には、皮肉げに時計塔がそそり立っていた。
雨風に曝され続けたそれには錆びが浮き、
過去の立派な白い姿は想像も出来なかった。
彼女はこの丘のこの場所が好きだった。
ここからは駅前にある全てが見通せる。
そして、それは小さく、まるでおもちゃ箱のようでもあった。
彼女は朝からずっとここに佇んでいる。
もう、日が暮れてだいぶたった。
それでも、人々は変わらぬように行き来している。
夜という闇は街灯によって祓われた今、
昼も夜も関係なさげなブリキ兵隊の行進は
昨日の軌跡を正確に辿っているのだ。
彼女はつぶやいた。
それは誰にも聞こえず風に攫われていってしまった。
まだ、夏は遠く、夜の風は冷えた。
彼女にはそれが心地よかった。
風の匂いだけが、日々の移り変わりを彼女に教えてくれる。
終電が去ってしまっても、街は眠らない。
ネオンの燈が煌々と闇を照らし、新たな闇を創る。
人々の流れが途絶えることもない。
なぜ生きているのか。
そんな問いに対する答えを失い、
探し求めることも放棄してしまった群傀は
ひたすら行進しつづけるだけであった。
毎日続く終わり無き行進曲に流される人々を
彼女はこの丘からただ眺めているだけであった。
彼女は風に流され足下に来た紙切れを拾った。
何かの広告か、悪戯小僧のノート切れ端か、
はたまた、重要な書類なのか。
そんなことは彼女にはどうでもよかった。
彼女は丁寧にヒコーキを折り上げると風に乗せて飛ばした。
冷たい夜風に乗り、小高い丘から飛行機が飛び立ち、
彼女のため息を乗せて駅前広場の方へと消えていった。

彼女の姿は未だ丘の上にのこっていた。

夕輝とLW-Alice

2006年6月6日 ShortStory
【LW-Alice】

注釈:固有名詞は全て仮名。
本名は
サキュバス族を除くナイトウォーカーはドイツ系
(サキュバス族は特殊)
デーモン族は72柱+α系を命名規則とする。
人間族は王国がイギリス系、帝国と連邦がアメリカ系とする。
猫族はフランス系命名規則を適用する。
//--注釈終わり
 
アリスは大陸生まれであった。
闇の血族における騎士階級の多くが
本島を出生の地としているのであるが、
アリスが大陸生まれであることは
珍しくあり、またよく知られていることでもある。
もっとも完全な実力社会において、
出生の地が彼女の人生に与える影響は零である。

彼女もまた例外ではなく、物心ついたころには独りであった。
彼女の種族は徹底した個人主義であり、
それは親と子の間でも変わりない。
大陸東部の闇森を住まいとしていたおかげもあり、
北部や西部の人間と相まみえることなく、
順調に成長を続けた。
元々強力な個体であるため、
既に、よほどの人間でなければ引けを取ることはなかった。

アリスは、近隣の村や商船を少しずつ襲い糧とした。
人間の爆発的な繁殖力は、彼女の種族の何百倍であり、
彼女は自身の強さもあり、食事に困ることはなかった。

闇森から南東部は大陸では唯一の
闇の勢力下である。
南東部の沿岸部には、バイオレットの集落がちらほらと見られ、
闇森周辺には、ナイトウォーカーが多く住まう。
大陸の東部には、人間種族の大きな国家などは存在せず、
東北部の大森林にエルフの集落がある以外は、
光の血族の大規模集落は見られなかった。

アリスが生まれたのは、天使戦役の直後である。
世界は戦役の傷痕が生々しく残り、
光と闇の血族は共に余裕無く
復興に全ての力を注いでいた。
特に光の血族のうちエルフは甚大な被害を受けた。
元々、銀の眷属との戦いの傷が癒え切らぬうちの
新たなダメージにもはや種としての没落は
避けられなかった。

アリスがこの世に生まれ落ちてから三十年を数えるころには
アリスは聖教会の神官騎士と渡り合えるほどに成長していた。
同時に、有名にもなり、彼女はより戦いへと引き出された。
好戦的な性格と湧き出るような討伐隊が彼女をより強くした。

エリアルと出会ったのもこのころだ。
既に、軍に属していない闇の血族員の中では
最強とも呼ばれる、この闇森のナイトウォーカーは
闇森近辺の勢力図を形成するのに一役買っている。

アリスはエリアルがあまり好きではなかった。
そもそも、彼女の種族は孤高の種族であり、
他の種族を下僕とするならともかく、
なれあうということは珍しかった。
ただ、エリアルは強かった。

エリアルには、既に一人の子が居た。
その子バーストはアリスの良きライバルとなった。
別段、訓練というわけではないが、
アリスは気が向けばエリアルと剣を交えた。

しばらくして、
エリアルはバーストとアリスに
本島へ渡るよう薦めた。
バーストは乗り気であったが、
アリスは気が進まなかった。
結局、アリスは本島に渡ることになったが、
それはバーストから一年近く遅れてであった。

軍に所属してより二人は昇進を重ねた。
エリアルの推薦があったこともあったが、
二人は既に強かった。
二人は空軍に所属していたが、
アリスは、当時の陸軍司令であったリバイアから気に入られていた。
軍に所属する闇の血族員はその半分がデーモンである。
リバイアもデーモンである。残りの半分はバイオレットであり、
ナイトウォーカーである。

二人が小隊を指揮できるほどに昇進したころに、
ガーベルシュタイン戦役が起きた。
戦役の名は戦役を起こした闇主の名前をとって付けられた。
陸軍司令、空軍司令が共に反対するなか
なかば無理矢理に開戦された戦役であったが、
結局は闇の血族は敗退する。
敗退した理由は一騎打ちで闇主ガーベルが
エルフの勇者に敗北を喫したことによるものであり、
決して闇の血族軍が光の血族の防衛に屈したわけではなかった。

実際に、アリスやバーストが所属する空軍は破竹の勢いで進軍を
重ねていた。

戦役後、ガーベルは闇主を退役し
新たな闇主として空軍司令マチルダが就任した。
このマチルダが、血族会議の下地を築いた闇主である。
戦役の活躍から、アリスは中隊指揮まで昇進した。
この戦役後は断続的な小競り合いはあったが
当面の間大きな戦は起こらなかった。
当面というは、彼女たちの時間の尺度であり、
人間側ではガーベルシュタイン戦役は既におとぎ話になりつつあった。

マチルダが闇主在任の後期には
アリスは、親衛としてマチルダの直属となった。
親衛、及び近衛は闇主が、軍の決定外で
独自に動かせる部隊であり、また護衛を兼ねている。
バーストもまた親衛候補であったが、こちらは
空軍の中核まで昇進していたため、
空軍司令の反対に遭ったため断念した。
マチルダは歴代闇主の中では珍しく、
結局、親衛をアリス一人しか置かなかった。

血族会議の下地はマチルダによって創られ、
次の闇主であるハウザーが今のカタチへと作り上げた。
血族会議は定期的に開催され、臨時召集は闇主が召集できる。
闇主、軍の高級将校(陸軍司令、陸軍司令補佐、空軍司令、
空軍司令補佐、参謀部長将)、
それに加えて、主に代々の闇主からなる騎士階級のメンバーを加えて
円卓会議の形をとる。
光の血族の血族会議は、これを参考に構成されているが、
参加者は光の血族の各種族から二名ずつの選抜である。

ハウザーが血族会議の闇主となったときには、
騎士階級者はマチルダ、ガーベル、ヴェパール、エリアルである。
陸軍司令はリバイアが継続し、空軍司令はミッドナイトであった。
当時、参謀部は創設間もなく、血族会議に参加できるほど
組織としてまとまってはいなかった。

ハウザーは、参謀部を創設した本人であるが、
血族会議の洗練、さらには軍部の改革に成功した闇主である。
また、優れた将校であり
彼の在任中は、闇の勢力下は縮退することはなかった。

このころがもっとも闇の勢力が広がっていた時期でもあり、
大陸の、南西部の未踏砂漠と東部の闇森より南部は
完全に勢力下として掌握していた。
また、リリー一族が組織として未熟であった故に
闇森よりさらに北東部の樹林地帯もほぼ勢力下であった。
といっても、ハウザーは戦を良しとせず、
リリー一族とは戦わず馴れ合わずを押し通した。

ハウザーが退任し、後任にリバイアが就任したころには、
バーストは空軍司令補佐まで昇進した。
アリスはマチルダ、エリアル、リバイアの推薦を受け、
また血族会議で正式に承認され、
闇主就任前に騎士階級として血族会議に参加することとなった。
このころになると、バーストの妹にあたる双子のフレアとフリーズが
空軍内で小隊指揮から中隊指揮へと昇り続けていた。

このころになると、聖教会の勢力が徐々に広がり、
闇の勢力は後退を余儀なくされた。
特に、聖騎士団の襲撃により、闇森以北の拠点や集落は悉く陥落した。
闇森自体はエリアルの生家であり、
強力なナイトウォーカーの義勇軍が常駐していたこともあり
一進一退を繰り返していた。

リバイアは血族会議にて、大規模反攻を行うかの閣議を開いたが、
血族会議では承認されなかった。
軍部はそれを不服としたが、当のリバイアは反攻に消極的であった。
しかし、帝国、共和国からなる大部隊が
本島に対し攻撃を仕掛けてくるようになったころには
そうも言ってられなくなった。
本島と大陸の海峡付近で、人間の侵攻を食い止めるための
戦闘は激化していった。

空軍にはそれなりの被害が出てはいたが、
ガーベルとエリアルを除く騎士階級保持者が前線に出張って
対応しはじめたころには、戦線は整理され
人間は被害の大きさに撤退し始めた。
寿命との兼ね合いで極力戦闘行為は慎みたい
デーモン一族だが、いざ戦闘が始まれば
種としての力は他を寄せ付けぬものであった。

アリスは、空軍の一個大隊の指揮を行い戦線に出ていた。
主に大陸に上陸しての強襲が任務であった為、
指揮する部隊への被害は大きかった。
アリスは被害を最小限にするため
自身が先頭を切って戦陣を敷くように勤めた。
【カボチャと踊る夜】

そうさ、ソイツはそりゃあもう陽気なヤツだったさ。
棒みたいな、実際棒なんだけどよ、手足を振り回して
一晩中踊り狂ってるのさ。

村の人間はみんな、ソイツのことを知ってたさ。
もちろん、ソイツが普通の生き物じゃないっこともだよ。

そりゃそうだろ。
あんな風体で一晩中踊ってるヤツなんざ尋常じゃないさ。

確かに夜中は五月蠅かったさ。
踊ってる間も歌いまくってたからな。

幸いなことは、アイツのテリトリーは畑だったから
住居からは離れてたんだ。
だから、俺たちの夜の時間は邪魔されることはなかったんだよ。

村の近くに尋常ならざるものが彷徨いているのは
そりゃ気持ちの良いものではなかったよ。

でもな、俺たちはソイツの怖さをよく知ってたのさ。
そして、無害さも。
手をださなきゃ、ソイツは歌って踊るだけで
なんにも悪さはしない。
俺たちに出来る最善のことは放っておくことだ。

まあ、なんにせよ。
カボチャ頭のくせに、音感やら踊りのセンスやらは
一流なのよ。村の踊り子たちが地団駄踏んで悔しがるほどにな。

幽霊の一種なもんで、夏場にゃ風流だって意見もあるし
俺たちゃソイツと上手くやっていってるっつーわけだ。
互いに関わらないって方法で、だけどな。

でも、それは歴戦の冒険者さんにはよくわかってもらえなかったようだ。
アイツらは、そこそこの手練れだったよ。
今まで星の数ほど冒険者とかいうヤツらを見てきた俺が
言うんだから間違いないさ。
鎧も剣も、そりゃ使い込んでたさ。
それでいて手入れは完璧だった。

アイツらが夜、峠越えをしようと言い出したのは
不幸としかいいようがなかったな。
俺たちゃ止めたさ。それができないとわかったら
畑のバケモンにゃ手を出すな、とも言っておいた。

アイツらにゃ我慢できなかったんだろうな。
そりゃカボチャ頭に棒手足のバケモンだ。
知らないヤツからすりゃ、こんなにひ弱な怪物もいねぇだろ。
アイツらんなかにはプリーストも居たらしいし
幽霊のバケモンを見て見ぬフリが出来なかったのかも知れない。

結局、俺たちが危惧したとおりの結果になっちまった。

今夜もカボチャは上機嫌で歌い踊るのだろうさ。
三人も肥料にすりゃ元気も出るんだろうね。

アンタらも気をつけなよ。
これは作り話じゃないんだ。
夜中、畑に行ってみな。
今まで見たどんなものより珍妙なものが見れるぜぃ。

だけど、ひとつだけ約束しろな。
 
 
 
絶対に手を出すな。
 
 
 
 
 
ジャック・オ・ランタンはカボチャ頭のカカシの幽霊。
ゾンビやグールと同じアンデッドである。
しかし、油断するなかれ。
ジャック・オ・ランタンは下級のアンデッドでは無い。
彼は自律し、高い魔力と強い腕力を併せ持つ怪物だ。
もし、ジャック・オ・ランタンに喧嘩を売るつもりなら、
それは、デュラハンにも匹敵する化け物であるということを心しておくように。
あー暑い

彼女はそう叫んだ。
南の空高く、太陽が輝いている。
岩と砂だらけの地面からは陽炎さえ立ち上っている。

暑い暑い

いくら叫んでも涼しくはならないのが彼女には納得できなかった。
いや、決して暑さを本当に感じているわけではないのだろうが、
こうも周りが暑さの象徴で埋め尽くされると
気温が低かろうがなんだろうが、暑く感じるのは
人間の性であろう。
素っ裸になりたい衝動を抑えながら彼女は歩き続けた。

どうせ誰も居ないんだしかまわないんだけどね

それでも、一線を越えるのはなかなか難しいことだ。
彼女はそんなことを漠然と考えていた。
ふと腰に手をやるが、聖別の刃は既に失われた。
意味が無いものは存在できない。その大原則は
未だに世界を縛っている。
服が消えないってことはそういうことなんだろう。
彼女は裸になるのは諦めた。
 
 
永き星霜の時間には意味があるのだろうか。
そして、この耐え切れぬ暑さにも・・・
顔をしかめた彼女の行軍は続く。
剣は無いが、あれ以来彷徨う影にも意味あるゴーストにも
出会うことはなかった。
本当に世界には何もいなくなった。

岩肌からサボテンが生えているのが見えた。
前世の影が焼け付いているサボテンは、
彼女が感じる幻の暑さを高めるという意味だけで
この世に存在し続けてるのでは無いかと彼女は疑っていた。
しかし、剣も無いし触ると痛そうだ。

昼は暑いが、
夜は寒い。
独りは寒い。

あの娘と出会うまではずっと独りだったのに、
そのころは寒さなんて感じなかったのに

それでも、昼は行軍を続け、夜は休んだ。
疲れるはずのない両足は、夜は重く動かなかった。
睡眠さえ不要な、そう睡眠など意味のない体なのに
夜は瞳を閉じた。
もしかしたら目覚めることはもう無いのかもしれない。
それはそれで良いのかもしれない・・・

太陽は止まることなく昇り沈む。
あれがいつのことだったかもはやわからない。
一週間前だったかもしれないし、一年前だったかもしれない。
月の巡りで時を知ることが出来た時代もあったのだろうが、
今の月は歪に欠けて虚空を彷徨っているだけだ。

あの瞬間に、月はそのチカラを失った。
そう、あの娘は話してくれた。ような気がする。
一瞬に世界のルールが書き換わった。
複雑奇怪な物理法則から、シンプルな一行の法律へと。
 
 
意味の無いものは存在できない。
 
 
彼女はその言葉を繰り返した。
すっかり夜も更け、まぶたが重い。
いや、重く感じる。
ぼんやりと、丸くない月を見上げる。
 
 
その瞬間、彼女は何かに気が付いた。
 
 
月は"存在"する!
 
 
今、彼女は自分の意味を見いだしつつあった。
 
 
 
  世界はこんなにも綺麗だったんだ。
 
 
思わずそう呟いた。
東の地平線から朝日が昇り、
朝露に濡れる草原に光が反射する。

それは幻の輝きだったけど、
それでも、それはとても美しいと思ったんだ。
  
あの子は言っていた。
 
 
  この星は大きく広い。
  まだ何処かに希望が残っているかもしれない、と。
 
 
崩れた廃墟を跡にして、再び彼女は歩き出した。
今度は本当のふたつの脚で大地を踏みしめた。
今までと何一つ変わらぬ使い心地である。
それは遙かな過去と全く同じものであった。
同じ靴を履き、同じ服を着た脚である。

踏みしめた大地からは確かな鼓動が伝わってきた。
ような気がした。

自分の楽観的な性格にはほとほと愛想が尽きる。
そうやって、永い永い時間を過ごしてきたのだから、
別段何か文句が言いたいなどということはあるまいが。

飽きもせずに朝日とその反射の光を眺めていた。
二つの脚で歩ける幸せを感じていた。
そして、肌で風を感じていた。
いまや既に芽吹いていた。
何も居なくなったこの地に
あるべきはずのものが舞い戻ってきた。

彼女は何かを振り切るように、
始まりと終わりの廃墟を跡に歩き出した。
 
 
 * * *
 
 
激しい光が膨れあがり世界を飲み込む。
一瞬のうちにそれは爆ぜて消える。
地面が揺れる。天井から石片が崩れ落ち床を叩いた。
音はしない。何一つ音はしない。
ただ、目の前で光が視覚を通して直接体に振動を与えている。

彼女は身動きできなかった。

名前を失った少女と哀れな女帝の鬩ぎ合いは永遠よりも長く続いた。
彼女が今まで歩いてきた星霜の時間よりも
それは濃く長くそして儚かった。

音を伴わない波動で空気が固まり、同時に爆ぜる。
弾けた電子の青白い振動が少女の金色の髪を靡かせる。
風の無い世界で流れるように靡く黄金色の髪は綺麗に光っていた。
その美に反して顔は蒼白に染まっている。
命を失った存在が命を削って戦っている。
それは、寂寥の女王とて同じ事だった。
存在が薄れ、影が消える。
その体から光が漏れ出すように、辺りに閃光を散らす。
色の無い光の帯がオーロラのように揺れ、
そしてぶつかり、解け合って弾ける。

勝利など無き戦いは終わりを向かえる。
二人の存在が意味を失いかき消える。
 
 
  もう休んでも良いんだよ。
 
 
勝者などいない。
そこには誰も居ないのだから。

名前を失う少女が最後に振り返って呟いたような気がした。
音は無い。でも彼女にそれは確かに伝わった。
彼女はそう信じたかった。

全てが終わると、
そこには光も衝撃も全てが居なくなった。
深い闇と全てが終わったことへの安堵と虚無が
彼女の中に流れ込んでくる。

今なら理解もできる。
誰もが共感できる。非難できない。
できるのなら、皆同じ事をしたかもしれない。

しかし、その代償はあまりにも大きかった。
 
 
 
 * * *
 
 
フードの下にあるはずの顔が無かった。
そこにはただ黒い空間があり、それは無であった。

彼女は少し驚きたじろいだ。
傍らの少女を振り返ると、少女は平然としていた。
 
 
  ここでは意味の無いものは存在できない。
  私の名前が無いようにあの子の顔もここには存在できない。
 
 
彼女は再びフードの人影を見た。
それが人かどうか判断するのさえ難しい。
彼女は手元の刃を抜きはなった。
それを掲げ、終止符を打つために一歩前に出た。

ガラスが崩れるような音がしたような気がした。
実際に音はしなかった。
ただ、抜きはなった聖別された刃が破裂するように消えた。

フードの相手が何かしたようには感じない。
すぐに彼女は理由を悟った。
 
 
  意味が無いものは存在できない。
 
 
そう言おうとした彼女の口からは何も飛び出さなかった。
言葉が聞こえない。自身が紡ぎ出したはずの言葉が。
 
 
音さえも意味を持たぬ世界で彼女は何もできぬ自身を呪った。
傍らの少女が歩き出す。

止めたかったが、それさえも出来ぬ。
それが少女がここに存在する理由だ。

頭から布を被った顔無き女もまたこちらに近づいてくる。
二人の距離が手と手の届く距離になったときに、それは始まった。

心が痛いほどの激しい光の奔流が暴れ彼女の目を焼いた。
あまりの衝撃に倒れ込みそうになる自分の体を
意志だけで立て直す。衝撃などありはしない。
全ては幻想だ、と。

事が始まり、意志がぶつかる。

彼女にはただ見ているだけしかできなかった。
ここに存在する自分の意味は何かと彼女は自問していた。
 
 
 * * *

彼女が廃墟を跡にして数刻が経ち、
廃墟から彼女の姿は見えなくなった。
廃墟もまた意味を失い、虚空に溶けて消えた。

歩きながら彼女は思う。旅路は長い道程になるだろう。
腹が減らない体でよかったと彼女は笑った。
悲観することは何も無い。歩けばそのうち何か見つかるだろう。
そうやって、星霜の時代を生きてきたのだから。

あるはずの無いものがあることを信じて彼女は行く。
 
 
その姿と太陽は地上から消えることは無かった。

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