夕輝と大空魔術~Magical Astronomy
2010年5月10日 ShortStory▼
心の中から、自分でない何かが溢れ出す。
聞こえないはずのものが耳から来て、見えないはずのものが目から入る。此処ではない何処かから、現在ではない何時かから。
悪魔の微笑み、天使の囁き。それは誰のものなのか。
…こっちへいらっしゃい。
空は青く赤く黒く白く輝くキャンパス。
誰に命ぜられるでもなく魂の筆がすべるように全てを塗り描く本当の姿が雲と星の中から月に照らされて鏡のように何かを映す。
光の軌跡が縦横無尽に迸り、複雑怪奇な文様を地平線の彼方に浮かび上がらせる。
自分が自分で無いような奇妙な感覚。
自分の腕が自分ではない何かによって動かされるイメージ。
不思議と嫌な感じはしない。まるで、いつものことのように…
そう、朝に太陽が昇り、夜に月が常闇の世界を照らすように。
灰色の錆びた巨塔が形あるもの全てを貫いて、涙に枯れるこの大地からでも、空はきっと見える。星の輝く合間を縫って描かれる一枚の世界の肖像がしっかりと心に融合する。
遠くから聞こえる声が、それは神の御名か悪魔の甘言か、魂に直に響きわたる。心が震え、その余波が目からこぼれる。
全てが空に映される。
私は誰なのか。此処は何処なのか。現在は何時なのか。
眼下に広がる灰色の庭園に何の意味があるのか。全ての壁に掛けられた牢獄の標識が、手元で風に揺れる薄っぺらい紙切れが、偽りの神の残像のようにこの狭い部屋で仮初めの威光を放っている。
それらの黒い輝き、それ自体がまるで何もなかったかのような真実の光に照らされて今、右手の筆からこぼれ落ちる光の残映と空の輝きに自分の身体が溶けていく不思議な感覚。
…そのチカラを失うのは勿体ないわ
自分の鼓動が聞こえる。耳障りにも思える大きな音が規則正しく刻んでいく新しい支配。
ココロのスキマから魂に何かが語りかける。甘美な箴言。忠言。いや、それは悪魔の呼び声…悪魔はこの部屋か。
自分と空の境界が薄まっていくのが実感できる。何も抵抗できない無力な自分。無力な心。それを望むもう一人の自分。
大空はキャンパス。全てを映すキャンパス。蒼く輝き白く染まる。紅く燦めき漆黒に沈む。綺羅星が瞬き月が照らす。
どうして。なぜ。自分と自分がいるべき場所を繋ぐ絆が腐った色で紙切れに書かれたこれっぽっちの文句だけ。壁に塗られた偽の白い色と意味の無い数字の羅列。
ぶわっと身体が浮いた。感覚だけじゃない。
自分の脚がその役目を失った。それはそれが私を澱んだ無色の庭を歩かせる役目を失い、色のある世界へと進ませる。
筆が創り出す虹色の絨毯が、全ての境界線を越える道標となる。
空が耀きの色で充ち満ちていく。
充ち満ちていく。
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