夕輝と魔法公国ユレイカ[4]
2009年8月9日 ShortStory球体図書館中層部には至る所にマナが薄い場所が存在する。元々マナは大気中に普遍に存在するのだが、意図的に外部に排出されて濃度が薄くなっているのである。こういう場所では、我々の言うところの魔法は使うことが出来ない。
そもそも魔法を使うのは人間とドワーフと猫人の三種のみ。エルフやデーモン、ナイトウォーカーが使う魔法に良く似た行為は魔法とは根本的に異なる。彼らは生きるための糧として何らかの方法で体内にマナを大量に持っている。これを体外に放出し、それをエネルギーとして現実世界に影響を与えている。一方で人間などは体内に微々たるマナしか持たないため、体内のマナだけでは、そよ風ひとつ吹かせることは出来ない。だから、体内のマナを核として大気中のマナを一端集結させて、現実世界に影響を与える。これが魔法という手順である。よって、エルフなどの行為に対して余分な手順があり、また大気中のマナは体内のマナほどエネルギー変換効率が良いわけではないため、魔法は彼らの行為より小規模で時間が掛かるのである。これからは便宜上、魔法というのは人間、ドワーフ、猫人のマナを行使する行為に限定する。
魔法は二種類の体系に分かれている。多くの学院で教えられ、多くの魔法使いに馴染みのあるのが、十三系統魔法である。これは、直感的に理解しやすい火水風土の四界属性にいくつかの補助属性を組み合わせたものであり、大抵の魔法使いはこちらの体系によって魔法を理解して行使している。
しかし、岬の楼閣を始め一部では五行術式を用いる。こちらは木火土金水の五行によって魔法を構成している。
ふたつの体系には大きな違いがあるが、魔法としては同じものである。そもそも体系というのは魔法を簡便に理解するための手法でしかなく、あくまで魔法は魔法であり、林檎を果物として理解するか、植物として理解するかの差でしかない。
魔法は前述のとおり小規模である。全盛期のエルフやデーモンのような大きな事を実現することはできない。さらに、猫人は体内のマナが人間に比べてさらに微量のため、魔法を行使することが安定せず、猫人で魔法を扱うものは少ない。そもそも、魔法と大気中のマナを自分の体内のマナで集めるという手順において、素質というか才能というか、ともかく個人の本質に大きく依存するため、ある程度以上の魔法は誰にでも扱えるわけではない。
また、ドワーフは魔法を好まず、自分たちの技術力でこれを克服しようとすることが多い。実際には、人間の戦争の攻城戦では魔法による破城が一般的なのに対し、ドワーフは大砲を用いる。ユレイカ公国の軍隊は大規模ではないが、白銀連山にドワーフが出入りすることもあり、小口径大砲の装備がある。もっとも、これが実戦で使用されたことは一度もないようだが。
大砲などの火器は人間社会ではあまり一般的ではない。小規模とはいえ、相手に危害を加えたり物体を破壊するのなら魔法で事足りるからだ。事実、昨今の帝国の隆盛には魔導師団の影響が大きい。ドワーフ製の火器は人間が手に入れるには値が張るし、暴発などの危険もあるため装備として取り入れることはあまり多くはない。帝国でも単発式大口径大砲と火縄銃が少数の部隊に配備されているだけであり、セリア王国に至っては火器の装備がひとつもない。共和国は、ドワーフの国にほど近いところにあるため、他の大国より火器の装備が多いようだ。一節では、連射が可能な火縄銃を所持してるとも言われている。
いずれにせよ、大筒のように暴発の危険性があったり火縄銃のように発射に時間が掛かったりするため、魔法に対抗できる術とは言い難い。しかしながら、各国は秘密裏に開発を競うものがある。それが拳銃である。拳銃とは小さく持ち運びやすく短時間で発射できる小型の火器である。だが、小型であるがゆえに暴発の危険も高く、命中精度も低く零距離より離れると当たらないなど欠点だらけのしろものだ。さらに、建前上は三国会議では製造を禁じている。
しかし、世の中は広いもので、この拳銃に精度と安定を高めたものがいくつか開発されていると言われている。それは、情報ギルドの密造拳銃、青嵐である。もちろん、これは単なる噂に過ぎないし、当然ながら情報ギルドは存在を否定している。都市伝説に毛が生えた程度しか信頼性が無いが、噂では、本体に純度の高いブルーメタルを使用し、安定性を高めているらしい。
帝国や共和国の成果はあまり芳しくないようだ。帝国が拳銃を一部部隊の制式装備に採用しようとしたが、結局事故だらけで採用しない方が勝率があがるという意味不明な結果に終わっている。
岬の楼閣では情報ギルドの青嵐に匹敵する拳銃の開発に成功したとされるが秘密主義の岬の楼閣では否定の声明さえ聞かれない。案外、当たっているのかも知れない。
ユレイカ公国は小国でそのような開発には力を注いでいない。ドワーフの技術を輸入しているが、火器よりも蒸気機関に執着のようだ。特に蒸気機関で稼働する鋼鉄の馬車の開発に躍起だ。
さて、話は変わるが、青嵐の材料になっているとされるブルーメタルであるが、これはいわゆる稀少な魔導金属の一種である。特性はマナに対する完全な絶縁性と途方もない硬度である。さらに熱にも強い。そのため加工が難しい。魔導金属の中でもオリハルコンと並んでもっとも量の少ない金属である。
そもそも魔導金属と普通の金属の違いというのは実は明確な規定は存在しない。ドワーフ工業組合では鉱物を十数種に分類しているが、その分類法に従うと魔導金属に分類されるのは、ミスリル、クレリア、ブルーメタル、オリハルコンの四種類しか無い。我々が一般的に思い浮かべるだろう白銀や銀は反光金属に分類されている。
いずれにしても、ブルーメタルやオリハルコンは滅多に産出されるものではなく、既知の鉱脈自体が存在しない。クレリアとミスリルは鉱脈が発見されているも、クレリアは加工の難しさから現時点では実用にはほど遠い。ユレイカ国内にもクレリアの鉱脈が存在するが、ユレイカ国ではこれの採掘を禁止するのが精一杯でこれを活用しようという動きはあまり無い。ドワーフとの連携して加工技術の発達に対する動き自体は建前上有るが、難航を極めて遅々として進んでいないようだ。
クレリアはマナに対して完全伝導体である。オリハルコンも高い伝導性も持っているが、伝導性だけならクレリアの方が高い。金属としては硬度は鋼と同程度で自然の鉱物にしては硬いが金属としては決して硬くはない。しかし、完全伝導という性質と熔けないというやっかいな性質が加工を阻んでいる。おおよそ、熱によって溶解しない物質というのは存在しないはずなのだが、現在までにクレリアが熔けたという話は聞かない。オリハルコンやブルーメタルでさえ溶解する超高温術式土竜釜においてもクレリアは熔けない。
ユレイカ国内の博物館で一点展示されているが、この世界には、高い純度のクレリアによって造られた剣が何振りか存在している。誰がどのようにして作り上げたかはわからない。しかし、現存しているという事実だけが、クレリアの加工に対する希望なのである。知られている限りでは、ユレイカ国立博物館に一振り、情報ギルド自衛隊に一振り、セリア王国軍の准将格が常に一振りを携帯している。ここまでで三本だが、これに英雄戦争から大天争に続く混乱で失われた二振りを加えて少なくとも五本は存在する。これらのクレリア製の剣を"白刃"と呼んでいる。ユレイカ国内にある"白刃"は英雄戦争前から存在し、国会議場に保管されていた。
ミスリルは他の三種に比べ割と多く産出されるため、いろいろと目にする機会も多い。融解点が多少高いだけでほとんど鉄と同感覚で加工できるのも強みだ。一方、ブルーメタルとオリハルコンは存在さえ定かではないぐらい稀少だ。ユレイカ国内ではそもそも産出されないし、見かけることができるとしたら、博物館にある小指の先ほどの小さなオリハルコンの欠片ぐらいだろう。金にも似た光沢をもつオリハルコンは、周囲のマナに対して斥力を持っているという不思議な特性があり、研究者の間では大きなオリハルコンの近辺では極度にマナが薄くなるだろうと予想されている。これが予想に過ぎないのは、拳より大きなオリハルコンは未だ見つかっていないからだ。オリハルコン自体はマナに対する絶縁性などを持ち合わせてはおらずむしろ、伝導性が高いのだが原因はわからないが強い斥力を働かせている。
この特性のため、球体図書館にオリハルコンの存在が期待されているのだが、残念ながら現時点では全く発見されていない。
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