夕輝とふと思ったこと
2009年3月1日 日常+α コメント (4)クワトロ注意。
【カードゲームなお話】
"ガチ"とか"カジュアル"とかっていうけど、
境界線というか、定義が物凄く曖昧だよな。
今のポケカDptでさ、
蜂好きなやつがスピアー組んだら、
それはガチなのかそうでないのか。
そもそも、ガチの定義を教えて欲しい。
例えば、昔、ハーフでクレセリアLvXを使って
サイドを2枚喰いして一気に形勢決めていくデッキを使ってたことがあって
実際に動くと結構面白い動きはするんだけど、
回らないとダメダメになるから、ネタと一蹴されてたんだけど
本人的には、勝ちに行ってたわけで
こういうのは"ガチ"なんだろうか。
夕輝がスタン組むと、まず間違いなくネンドールが入る。
コイツが有ると無いと違いが大きすぎるからだ。
しかし、この時点でカジュアルとは認められなくなるのだろうか。
例えメインがカビゴンLvXであったとしても。
◆
実際には、ガチとカジュアルなんて言葉は使わない方が良い。
ほとんどの場合、自分の弱さを隠すための方便、
或いは負けたときの言い訳にしか見えない。
もちろん、デッキを見れば、明らかに愛があると
判別つくものもあるにはあるだろうが、それこそ曖昧だ。
◆
夕輝がカビゴンLvXのためのデッキを組んだとして
それにネンドール他入って無くて、実際に弱くて
一度も勝てなかったとしよう。
その場合、私はいやいやこれはファンデッキだからと
静かに笑っていれば良いのだろうか。
◆
真のファンデッキとは勝たねばならない。
と私は考えている。自分の好きなポケモンを使うのなら
負けてヘラヘラしていることに我慢できない。
そういう考え方はガチなのだろうか、
それともカジュアルなのだろうか。
というか、私はハピナスが好きなのだが、
DP5まで辺りではハピナスはかなり強いポケモンであったのだが
好きだから使っていたのだが、ガチなのだろうか。
◆
そもそも、ガチとカジュアルの違いは何だろうか。
そう考えていくと、敗者の弁にしか聞こえなくなってしまうのだ。
楽しむことこそが大事ということを
真に理解しているならば、
負けて悔しむことこそあれど負けて悦ぶデッキは
組むべきではない。と私は考える。
◆
もちろん、個々の意見はあるだろう。それは認めよう。
別に、私は全ての人間が勝つために戦うべきだとは考えていない。
ただ、面前に立った対戦相手自身を尊重するならば
手を抜くべきではない。と思うからして
負けて当然というデッキで臨むべきではないのではないだろうか。
相性もあるし、メインに好きなポケモンを据えることで
結果としてデッキとして決め手に欠けるというデッキに
仕上がることもあるだろう、しかし、そこは構築力によって
少しでも弱点を補い長所を伸ばし
勝てずとも良い試合にしようと努力すべきではないだろうか。
よしんば、勝てればなお良いではないか。
◆
少し前の記事でサポーターの枚数に関して17枚という結論を出した。
これは、簡潔に説明したが、確率論と現実との妥協点が
その枚数であったにすぎない(確率論は20枚を要求する)。
いかなファンデッキとはいえ、サポーターぐらい使うだろう。
それはどうしてか勝つためだろう。
ならば、その時点で、ガチとも考えられ得ないだろうか。
それとも、そのデッキに入ってるハマナのリサーチは
ただのお飾りで、"強いカード"では無いと言い張るのだろうか。
◆
蓋を開ければ、敗者の弁というのは世の中に溢れかえっている。
カードゲームだけではない。
しかし、見る物が見れば聞く者が聞けば
その薄っぺらな偽のベールは簡単に透けてしまう。
相手の強さを知ることが強くなるための第一歩とは良く言ったモノで、
相手の本質を見抜く力を強者は持っているということを
暗に示している。
◆
逆に、真実を見抜けぬようであればそれは強者ではないということか。
◆
話を戻そう。ガチとカジュアル(とファン)の境界線だが
そんなものは無いに等しいと私は考える。
以前、スタンでラグラージデンリュウカイオーガという
曲芸デッキ(1-1-1を複数ライン積んで起てきる)を披露した気がする。
これは、単にラグラージとカイオーガとか好きだからーという
スタート地点からくみ上げた元祖曲芸である。
デッキコンセプトを見ただけ、あるいはレシピを見ただけでは
たぶんファンデッキにしか見えないと思われる。
1-1-1のデンリュウを起ててジャミングしつつ
1-1-1のラグラージを起ててエネルギーを動かして
カイオーガでダメカンをばらまくんだから
正気の沙汰ではない。
もちろん、正直に言えばとても強いデッキは無い。
しかし、普通に、それこそ"ガチ"といわれるような相手にも
それなりに戦える仕様にはなっている。
さて、これはガチかファンか。
◆
私に言わせれば、これはカジュアル(すなわちファン)だ。
しかし、私は前にも言ったようにガチとカジュアルの境界線は
一般的に判断できる部分では存在しないと考えている。
どちらの分類であっても最終的には
少しでも多く勝てるように調整するからだ。
勝つために組んでるのはガチと呼ばれるのだろうから。
まあ、どちらでも良いと思う。
私は自分のデッキを負けの言い訳にしたくはない。
というか、運にしろカードにしろ
負けた理由を自分以外の何かに求めてしまったら
その負けに意味が無くなる。
その負けに費やした時間が無駄になる。
自分の糧にならなくなる。と、思う。
◆
結局のところ、
負けたら、
自分のはファンデッキだといい
相手のはガチだったから。
そう言えば君の気がすむのだろう。
(NGワード:クワトロ・バジーナは大尉)
コメント
ネタ皆無ガチで組んでますぜ
とかいうような,’進化できるのに進化入れないデッキ’ 以外はすべてガチだと思う.
// メタ外構築でメタ潰しするのって至高ですよねー
あとは、そうでないカードを使ってデッキを組む場合ですが、そのカードを使うことの理由が“手段”であるのか、“目的”であるのかが、ガチとカジュアルの差かと思います。
カードによってやはり強弱がある以上、カジュアルやファンを名乗っていても
強さは千差万別になってしまいますからね。
少なくとも、プレイに対する姿勢であって強弱の指針にはなり得ない。
あとは、ポケカはホント、"メタ"と呼ばれるものが無い。
正確(かつ公平)な情報発信者が居なさすぎ。
そういうところが、また良いところではあるんですけどね。
本当の意味で"ガチ"スタイルでプレイするには
あまりに環境が整わなさすぎです。