夕輝と天空のグリニッジ5周目
流石だよな。
フォトショが文字の入力を
キーボードから受け付けないのだよ。
 
 
 
まあ、夕輝の相方は医療従事者だから
医療の現場の話はイヤでも耳に入ってくるのさ。
 
以下、関係ない話。 
 
【結論】

どうして、
眼鏡には国の補助金が
おりないのだろうか。
眼鏡には補助金が支給されてしかるべきである。 
 
 
 
 
 
 
まあ、この文章だけ見たら、
夕輝が阿呆になってしまったと思われるかもしれない。
 
 
 
しかし、
よくよく考えて頂ければわかると思うが、

眼鏡を作ることの費用の全額を
自分で負担しなければならないこと自体がおかしいことである。
 
 
そもそも眼鏡は高額では無いが、
決して安い金額では無い。

それを国民に負担させることは
憲法にある、文化的な生活を送る権利の侵害であると
いえないだろうか。

眼鏡がなければ、遠くのものが見えないということは
健常者に対して頗る享受すべき権益を減衰させるのではなかろうか。

つまり、国は眼鏡にかかる費用の最低でも一部を
負担すべきであると結論づけるに足る理由があると考える。

というわけで、眼鏡代を要求するニダ。
 
 
 
HAHAHA。

まあ、大事な部分は、各自で熟考されたし。
 
 
 
実際のところは、
近眼が一定以上に進行した場合、
障害者手帳が支給されるので、
夕輝よりもう少し眼が悪い人は
いろいろと給付を受けることが出来る。

しかし、近眼における
障害者と健常者の境界は、
単なる数値による線引きであり、
そこになんら根拠がないのが現実である。
 
 
 
そして、それは近眼という事象だけに限らないのである。
 
 
一例をあげる。
難病という概念がある。
国によって難病指定されている病気については
全額、或いは一部を国が補助してくれる。
しかし、それは難病指定されている病気に対してのみである。
不治の病の中には、難病指定を受けていないものも多くある。

同じ不治の病で苦しんでいるのに、
難病指定されている病気で苦しんでいる人と
指定を受けてない病気で苦しんでいる人の違いは何か。

いや、難病の概念さえあやふやである。

不治の病というのであれば、
癌はどうなのだ。

そうなってるくると病気と給付の関係も疑問山積である。
 
 
 
つまりは、近眼で日常生活に眼鏡が無ければ
支障を来すのであれば、
我々は眼鏡の支給を叫んでも
あまりおかしくないと思えなくない?

そして、その問題は病気とか障害とかに収まらないのである。

【補記】

治療用の必要とされる眼鏡(白内障や緑内障、弱視など)であれば、
必要経費(器具代の他に治療費の全額)と交通費を含めた金額で、
10万を超えた場合に、10万を超えた部分の全額が
医療費控除によって給付されます。

ただし、交通費は公共機関を利用した金額に限り、
マイカー利用時のガソリン代金やタクシー代などは
給付の対象外となります。

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