【八月末日】

「暑いな〜」
「ああ、暑いな〜」

小さな部屋に、だらけた声が木霊する。

「なあ、ここ俺の部屋だよなぁ」
「ああ、そうだな」

南向きに配置された窓からは、この世のものとは思えぬ日差しが
悪意を持って差し込んでくるようだ。

「なんで、お前が此処に居るんだ〜?」
「暑いからだろ」
「そうか」

薄汚れた畳の床から陽炎が立ち上っているような幻覚が見えた。

「なんで、俺の部屋のクーラーは壊れたまんまなんだ?」
「そりぁ暑いからだろ」
「そうか」

壊れたクーラーは、うんともすんとも音を立てず、
その存在が体感気温を押し上げているのではないかとさえ思う。

「なんで、修理しないんだろ?」
「もう必要が無いからだろ」
「そうか」

夏の日差しももう後少しの我慢なのだろうか。
ともかく、この暑さでは何もする気が起きない。

「ちょっと暑すぎねーか?」
「なら脱げば?」
「もうズボンなんかとっくに脱いでるぞ」
「そうか」

半裸になった程度では、悪魔の日差しを防げようも無かった。

「部屋の中でも日焼けができそうだな」
「おまえ、青白いから丁度良いんじゃねーか?」
「そうか」

日焼けしようがしまいが、そんなことはこの暑さに比べれば
些細なことではなかった。

「風鈴でもあれば涼しくなるかなぁ」
「ムリだろうけど、よく似たものならあるぞ」
「そうか」

そういうと、トライアングルを窓際につり下げた。
確かに音は似ているが、トライアングルは風が吹いても
音は鳴らなかった。

「よけいに暑くなった気がするなー」
「気のせいだ」
「そうか」

窓の外にいつも見かける少年達の姿はもう無かった。

「あー世間ではもう夏休みは終わったのかね」
「今頃、少年達は宿題に悩まされているのだろう」
「そうか」

八月の末日は毎年同じ光景を至るところで見ることが出来る。
子供っていうのは、育つ環境が異なっても
結局は似たり寄ったりするものである。

「俺らにもあーいう時期があったよなー」
「そうだな、一昨年まではお前もそうだっただろ」
「そうか」

正午をとうに過ぎ、日が傾いてくるころなのに
気温は一向に下がろうとしない。
彼らを焼き殺そうというのだろうか。

「しかし、暑すぎね?死んじゃうよ?」
「ん?死ぬほどは暑くはねーんじゃねーかな、少なくともお前は」
「そうか」

あまりの暑さに声を出すのも怠くなる。
あまりの暑さに記憶さえも飛んでしまうのではないかと感じる。
あまりの暑さに昨日のことが思い出せない。
 
 
「んー、よく考えたら、アンタは去年交通事故で死ななかったけ?」
「死んだのはオマエだよ」
 
 
 

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