世界はこんなにも綺麗だったんだ。
 
 
思わずそう呟いた。
東の地平線から朝日が昇り、
朝露に濡れる草原に光が反射する。

それは幻の輝きだったけど、
それでも、それはとても美しいと思ったんだ。
  
あの子は言っていた。
 
 
  この星は大きく広い。
  まだ何処かに希望が残っているかもしれない、と。
 
 
崩れた廃墟を跡にして、再び彼女は歩き出した。
今度は本当のふたつの脚で大地を踏みしめた。
今までと何一つ変わらぬ使い心地である。
それは遙かな過去と全く同じものであった。
同じ靴を履き、同じ服を着た脚である。

踏みしめた大地からは確かな鼓動が伝わってきた。
ような気がした。

自分の楽観的な性格にはほとほと愛想が尽きる。
そうやって、永い永い時間を過ごしてきたのだから、
別段何か文句が言いたいなどということはあるまいが。

飽きもせずに朝日とその反射の光を眺めていた。
二つの脚で歩ける幸せを感じていた。
そして、肌で風を感じていた。
いまや既に芽吹いていた。
何も居なくなったこの地に
あるべきはずのものが舞い戻ってきた。

彼女は何かを振り切るように、
始まりと終わりの廃墟を跡に歩き出した。
 
 
 * * *
 
 
激しい光が膨れあがり世界を飲み込む。
一瞬のうちにそれは爆ぜて消える。
地面が揺れる。天井から石片が崩れ落ち床を叩いた。
音はしない。何一つ音はしない。
ただ、目の前で光が視覚を通して直接体に振動を与えている。

彼女は身動きできなかった。

名前を失った少女と哀れな女帝の鬩ぎ合いは永遠よりも長く続いた。
彼女が今まで歩いてきた星霜の時間よりも
それは濃く長くそして儚かった。

音を伴わない波動で空気が固まり、同時に爆ぜる。
弾けた電子の青白い振動が少女の金色の髪を靡かせる。
風の無い世界で流れるように靡く黄金色の髪は綺麗に光っていた。
その美に反して顔は蒼白に染まっている。
命を失った存在が命を削って戦っている。
それは、寂寥の女王とて同じ事だった。
存在が薄れ、影が消える。
その体から光が漏れ出すように、辺りに閃光を散らす。
色の無い光の帯がオーロラのように揺れ、
そしてぶつかり、解け合って弾ける。

勝利など無き戦いは終わりを向かえる。
二人の存在が意味を失いかき消える。
 
 
  もう休んでも良いんだよ。
 
 
勝者などいない。
そこには誰も居ないのだから。

名前を失う少女が最後に振り返って呟いたような気がした。
音は無い。でも彼女にそれは確かに伝わった。
彼女はそう信じたかった。

全てが終わると、
そこには光も衝撃も全てが居なくなった。
深い闇と全てが終わったことへの安堵と虚無が
彼女の中に流れ込んでくる。

今なら理解もできる。
誰もが共感できる。非難できない。
できるのなら、皆同じ事をしたかもしれない。

しかし、その代償はあまりにも大きかった。
 
 
 
 * * *
 
 
フードの下にあるはずの顔が無かった。
そこにはただ黒い空間があり、それは無であった。

彼女は少し驚きたじろいだ。
傍らの少女を振り返ると、少女は平然としていた。
 
 
  ここでは意味の無いものは存在できない。
  私の名前が無いようにあの子の顔もここには存在できない。
 
 
彼女は再びフードの人影を見た。
それが人かどうか判断するのさえ難しい。
彼女は手元の刃を抜きはなった。
それを掲げ、終止符を打つために一歩前に出た。

ガラスが崩れるような音がしたような気がした。
実際に音はしなかった。
ただ、抜きはなった聖別された刃が破裂するように消えた。

フードの相手が何かしたようには感じない。
すぐに彼女は理由を悟った。
 
 
  意味が無いものは存在できない。
 
 
そう言おうとした彼女の口からは何も飛び出さなかった。
言葉が聞こえない。自身が紡ぎ出したはずの言葉が。
 
 
音さえも意味を持たぬ世界で彼女は何もできぬ自身を呪った。
傍らの少女が歩き出す。

止めたかったが、それさえも出来ぬ。
それが少女がここに存在する理由だ。

頭から布を被った顔無き女もまたこちらに近づいてくる。
二人の距離が手と手の届く距離になったときに、それは始まった。

心が痛いほどの激しい光の奔流が暴れ彼女の目を焼いた。
あまりの衝撃に倒れ込みそうになる自分の体を
意志だけで立て直す。衝撃などありはしない。
全ては幻想だ、と。

事が始まり、意志がぶつかる。

彼女にはただ見ているだけしかできなかった。
ここに存在する自分の意味は何かと彼女は自問していた。
 
 
 * * *

彼女が廃墟を跡にして数刻が経ち、
廃墟から彼女の姿は見えなくなった。
廃墟もまた意味を失い、虚空に溶けて消えた。

歩きながら彼女は思う。旅路は長い道程になるだろう。
腹が減らない体でよかったと彼女は笑った。
悲観することは何も無い。歩けばそのうち何か見つかるだろう。
そうやって、星霜の時代を生きてきたのだから。

あるはずの無いものがあることを信じて彼女は行く。
 
 
その姿と太陽は地上から消えることは無かった。

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