【アリスの永い月夜の始まり−東方二次SS】

見上げると高い空に見事な満月が輝いていた。いつもは闇が支配している魔法使い達の森は重なり合う木々の合間から仄かに光が射し込み、幻想的な雰囲気さえ醸し出していた。一人の魔法使いが、宙を舞う人形と共に木々の根に足を捕られぬよう注意しながら、先を急いでいた。
 七色の名を冠するこの魔法使いは決して力無き者では無かったが、今はただ急ぐことしかできなかった。彼女には時を完全に止める術は無かった。少しでも時の進みを遅らせ、そして自分が急ぐしかなかった。
 月の光を浴びてなお薄暗い森を、彼女は一冊の魔導書を握りしめ、ひたすら進む。ほどなくして、一軒の家を見つけた。

ドンドンドン

 彼女は一軒家に着くやいなや、真夜中であることを忘れたように激しくドアを叩いた。ドアを壊さんとする勢いにお付きの上海人形が驚く。

「なんだよ、こんな真夜中に、今寝ようとしたところだぜまったく」

 不機嫌な声と共に一軒家の主人が姿を見せた。寝ようとしていた雰囲気など微塵も感じさせぬ黒と白の正装と編み上げた髪、あと帽子と箒があれば今にも飛び立てそうであった。どう考えても今から就寝するスタイルでは無かったが、人形遣いにはそんな些細なことはどうでもよかった。

「で、こんな真夜中に何のようだ?」
「貴方の力を貸して欲しいの」

 彼女は息を切らしながら声を絞り出した。頭の中を嫌な予感が過ぎる。事態が事態とはいえ、このような夜更けに押し掛けられて歓ぶ人間など聞いたことも無い。彼女は相手の返答を聞く前に、言葉をやや荒げながらも続ける。

「対価は用意したわ」

 そう言いながら、彼女は先ほどの魔導書を両手で握りしめ差し出した。秘蔵の一冊だ。ヴワル魔法図書館にも、この本は置いてないはずだった。
 魔導書を差し出す手が震えているのが彼女自身にもわかった。自分より劣るだろう人間に助力を乞うのが悔しいのではない。自分の力が此度の変異に及ばないだろう事が悔しいのではない。月夜の異変とは全く関係のない事が、彼女の手を震えさせる。そこには、大いなる魔力を持った孤高の魔法使いではなく水に濡れた小鳥のような彼女が居た。

「・・・この時が止まりそうな夜を元に戻すのを手伝わせるのか?」
「いえ、それは私の力。手伝って欲しいのは月の事よ」

「ふん、何にせよ間に合って良かったな。今まさに飛び出そうとしていたところだ」

 そういうと、魔理沙は帽子を手に取った。
 アリスの顔が少しほころぶ。手の震えはもう止まった。

「・・・でも、どうして私に頼んだんだ?」

 目の前の黒い帽子を被った魔法使いが問うた。
 相変わらずだ。どうせわかってるのに、そんなにそれを私の口から言わせたいのだろうか。人形遣いは思案を巡らし、そして観念し口を開こうとした。しかし、それより刹那の時間だけ早く魔理沙が言葉を続ける。

「まあ、友達で大事なのは量より質さ」

 そういうと、魔理沙は箒に跨り、アリスの横を綺羅星の如く駆け抜ける。あっという間に森の最も高い木より上の黒い空に飛び出した。アリスは慌てて、上海人形を引き掴んで跡を追って宙へ飛び出した。

「ま、待ちなさい!行き先わかってないんでしょ!」
・・・本当に嫌なヤツ。そんなこと自分で言うヤツなんか初めてだわ。

 でも、何か胸が熱くなる。前が見えにくくなる。久しぶりの気持ち。人形遣いは悪い気はしなかった。ただ、目から頬に筋が付かないように、そっと目頭を拭う。次の瞬間に上海人形と目が合ったが何事もなかったように装って、アリスは夜空へ飛び出した。
 

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