夜が来た。

 辺りを黒い帳が少しずつ覆っていく。月が、欠けた月が青白く切なげに大地に光を注いでいる。星が散りばめられた今にも崩れ落ちそうな天幕を仰ぎ見ながら、彼女は右手に握る白刃を強く握りしめる。白い刃は白い軌跡を描いて一閃し、それに触れた影、そう黒い影がまた一つ霧散する。
 過去の栄光の残り香が薫る廃墟には、焼け焦げたコンクリート片が至る所に死角を作りだしている。いつかは整然と並んでいただろう、ねじ曲がった街灯に今は明かりは灯らない。
 かつては、要らぬ光で充ち満ちていた世界とは思えない灰色の世界で、過去の存在たちがただ刻が過ぎゆくのを静かに待っている。

「逢魔が時とは言い得て妙ね」

 剣を振るう女性に向かって、まだ幼さの残る少女が呑気な声をあげた。女性は答えず刃を閃かせる。白刃が振るわれるたびに影がいくつも四散し飛び散っていく。女性の青い髪が流れて闇夜に半ば融けていた。
 光を失った亡者の群れは、際限なきようにさえ思われた。彼らは何を考え、何を求めているのかは計りかねた。もはや日の光は彼らには害にしかならず、だが彼らの本質は闇を恐れている。救いを求める手は何にも届かない。

「彼らは生きてるんじゃない。死んでないだけよ」

 青髪の剣士はそう言いながら、剣を振るう。少女はその後をゆっくりと付いていく。もう何年も何十年も何百年も前の虚飾に彩られた栄華に取り付かれた哀れな存在。輪廻に戻れず終わり無き道程から未だに抜け出せない哀れな死人にして不死者は、闇を恐れ、光を避けて、生と死の狭間で蠢いている。

「・・・あそこに裂け目が見える」

 少女は、金髪の髪をかき上げて何処かを指さした。影は既に大半は無に帰し、残りは彼女たちに近寄ることさえできずにいた。女剣士は、少女の指さす方を眺めた。彼女には何も見えなかった。

 その方向へ向かうために、彼女たちは道だったところを通り、門だった場所を潜る。月は頭上高くに白く白く輝いていた。いびつに歪んだ月は、もはや満ちることは無かった。死と嘆きが支配する灰色の滅びの森に二人だけの十字軍が進軍を続ける。怨嗟を切り裂き、鋼の残光が一筋の光となって、十字を飾る。
 金属とコンクリートが散乱する荒稜に彼岸花が咲き乱れている。乱立する光を失った街灯が卒塔婆にさえ見える。倒壊したコンクリートのビルディングの森は、そうお墓なのだ。虚構と汚れにまみれた背約者どもの墓標。

「・・・同じ事を考えているみたいね」

 少女が足下の彼岸花を摘みあげながら振り返った。青髪の女性は刃を鞘に収めながら言った。

「彼岸花は嫌いだ」

「私も好きじゃないわ。なんにせよ長居はしたくないわね」

 赤く赤く染まる花は返り血を浴びているかのように紅く紅く。崩壊を飾る彼岸花。いや、彼岸花の"影"。

 少女が胸元から一枚の紙切れを取り出した。六鋩星が刻まれた紙片は少女の手を離れ、地面に落ちる。一瞬で燃え上がり虚空に溶けて消えた。
 一瞬でその衝撃は、この世に存在しないものを貫いて、真の安寧を辺りへ撒き散らす。音無き鎮魂歌。哀惜の輪唱。無に帰す歓び。そして威風堂々たる凱旋歌となり、彼らは居なくなった。この世に焼き付いた幻象は消え去り、塵も残さない。辺りは青い光に包まれ、元に戻る。本来の姿に沈黙の廃墟へと。彼岸花さえ残らない。
 
 
 
「ねぇ、次は南の方に行かない?」

 少女が言った。

「何処でもいいさ。何処に行っても一緒だしさ」

 彼女の答えを聞きながら、少女は歩き続けた。空を仰ぐと、漆黒だったはずの夜は青い朝に押し戻されている。東の彼方に小さな太陽が映る。太陽は変わることなく大地を照らし続けている。

「・・・もう誰も居ないのにね」
 
 
 

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