”第二夜 若者に必要なのは個性だ”

「ホント、ひどいと思わない?ちょっと泥棒と間違えただけであんなに怒ること無いのにさ〜」
 アタシの目の前には、翠が居る。キッチンのテーブルはいつも会議室になるのよ。
「いや、それはやっぱり怒るんじゃないかな…」
 相変わらず翠はつれない。そんなことアタシだってわかってるわよ!ふん。
 翠はアタシと同い年、ここに勤めるようになって初めて知り合ったんだけど、結構イイオンナだと思うよ。背は高くないけど、アタシよりは高いし、胸もある。本人は気にしてるみたいだけど、太めの太股とかも見る人が見たら魅力的なんじゃないかな?
 でも、翠は見た目と違って、狙撃のプロ。もちろん、拳銃とかぶっそうなもんは一応持ってないことになってるけど、たまに趣味のサバゲーなんかでスナイパーやってるの。木刀かなんか担いで近接距離で喧嘩になっても負ける気はしないけど、その後はいつ狙撃されるかわかんないから、怖いよね。
「でもさ、夜中にあんなアヤシイ事してたら普通間違うって、翠ちゃんだって拳銃の一発や二発撃ってたって」
「できないできない」
 そりゃ、拳銃で狙いさだめる瞬間に気が付いたかもしんないけどさ。御主人様も悪いのよ。いつだって黒のチャイナドレス着てるんだもん。アヤシすぎるのよ。まったく。
「ほら、葵。そろそろ掃除した方がいいわよ。また怒られちゃうわよ」
「いまからやろうと思ってましたーっ!」
 そう言って、アタシはキッチンを飛び出して廊下に向かった。

   * * *

 今日のアタシの仕事は廊下のお掃除。無駄に広いお屋敷には無駄に長い廊下がある。さらに無駄に花瓶やらが並んでるってわけ。客なんてめったに来ないのにね。
 バケツに水を汲んで、雑巾絞って装飾品をかるく拭いて、埃や汚れを落としていく。あそこに置いてある中世の甲冑なんか、趣味悪いと思うんだけどさ。邪魔じゃない?掃除しなゃならない面積も広いしさ。それとも本格的なお化け屋敷にでもするつもりかねぇ。
 そんな事を考えながら、アタシは大きな花瓶を手に取ったの。
「あっ」
 あっという間の出来事だったわ。その花瓶が重力に魂引かれて手から滑り落ちて…。アタシはただ一言叫ぶことと目をつぶることしかできなかった。その後の惨劇を想像しながら。二束三文の皿ならともかく、流石にこの花瓶を割ると大変なことになっちゃうかも知れない。高さうな花瓶だし。もしかしたら、弁償とかいう話になったら…。いやー体を売るのはいやー!
 ふとアタシは目をあけた。花瓶が地面に着陸する音がなかなか聞こえなかったからだ。視線を下に向けると、花瓶はふわふわ浮いていた。床すれすれに浮いていた花瓶はゆっくりと上昇し、元に位置にゆっくりと納まった。
「ひーちゃんありがとー」
 アタシは向こうから近づいてくる女性にお礼を言った。彼女は緋。アタシの少し後に入ってきたメイドだ。シンボルカラーは赤。赤い制服がよく似合う可愛らしい人。ゆるくウェーブのかかった金髪が、直毛のアタシには少し羨ましい。でも、見た目はアタシたちと同じくらいのくせにアタシたちよりも結構年上だったりするんだ。ふんわりした感じの優しい人で、アタシも大好きだよ。なんか頼りにならないけど一緒に居ると安心できるお姉さんって感じでさ。正確な年齢は知らないんだけど、歳もそんな辺りじゃないかな。
 それで、ひーちゃんの特技はなんとびっくり超能力。彼女に会うまでは全然信じてなかったけど、流石に実演されちゃうと信じないわけにはいかないワケ。彼女はサイコキネシスという力を持ってるらしく、遠くから物を動かしたりそんな不思議なことができる。今のように落ちた花瓶を空中で止めることだってできちゃうの。なんて羨ましいのかしら。
「気を付けてくださいね。葵さん」
「は〜い」
 アタシはひーちゃんの後ろ姿を手を振りながら見送った。振った手で花瓶を割らないように気を付けながらね。

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