* * *

 その後、幸いにも何一つ破壊することなく、幸いにもって表現もおかしな話だけどさ。廊下の掃除を終えたアタシはメイド長の山吹に言われて地下のワインセラーまで降りてきた。料理とか担当してる白雪さんが荷物を運ぶ人手が欲しいって。ハイ来ました。元々アタシは細々とした仕事には向かないのよ。体使った労働のが絶対向いてると自分でも思うもんね。
 階段を下りるとそこはワインセラーが並ぶワイン室。ご主人様はああ見えてワインが大好き。ここには世界各地からいろんなワインを取り寄せては保管してるの。
「ううう。やっぱりここは寒いわねぇ」
 ここは年中を通して低温を維持してる。たまに入るとやっぱり少し寒い。夏なんかだと天国に見えるけどね。
「葵さーん。こっちですよ〜」
 奥の方から白雪さんの声がする。そっちの方へ小走りで寄っていくと、
「ここは寒いですか、やっぱり。私は寒さとかわかんないんだけど」
 白雪さんが言う。真っ白な制服はまるでドレスのようで背の高い白雪さんにはよく似合う。腰まで届く長髪は世の男どもの理想であろう。うんうん。雪よりも真っ白な肌は透明なガラスのように美しい。悔しいけど、アタシは何ひとつ彼女に適いそうにない。まあ腕力だけなら圧勝間違いなし。
「このタルをキッチンまで運んで欲しいんです。私には少し重すぎて」
「いいよ。まっかせて」
 白雪さんの手とアタシの手が触れる。氷のように冷たい白雪さんの手。それも当然。彼女は雪女。人間じゃなかったりする。本人が言うには、まだまだ生まれたてらしいんだけど、もう100年以上も生きてれば立派なおばあさんだよね!って本人の前では口が裂けても言えないけどね。
 アタシはワインの詰まった樽を持ち上げるとキッチンへ向かった。狭くて急な階段を駆け上る。
 ふいに右足が沈む。どうやら段を踏み外したらしい。体勢が泳ぐ。後ろで白雪さんの悲鳴が聞こえたような気がする。

 あーあーあー。

 何かが床にぶつかって壊れる音と液体がばらまかれる音が聞こえた。そこで意識がとぎれた。

   * * *

 気が付いたら医務室にいた。別に何処も悪くないらしい。腕も動くし、脚も動く。首に違和感も無ければ、頭がぼーっとすることも無い。ご主人様には頭が悪いのは元からだとかドジなのは先天的なものだとも言われたが。ついでに調理用の白ワインとはいえ、樽ごとダメにしたので、キツイお叱りを覚悟はしていたが、思ったほどではなかった。ちょっとばかりガラスにヒビが入るか入らないかぐらいの大声で怒鳴られたぐらいですんだ。気が付いたときは何もなかったのに、今は耳が痛い。
「なんにせよ、無事で良かったけどさーもうちょっと注意深く生きた方が良いよ?」
 ベットの脇で翠が言った。アタシもそう思う。ふと思ったことをアタシは言った。
「ねぇ。白雪さんってさ言ってしまえば、妖怪じゃん。ひーちゃんもサイキッカーだし。アンタはプロの狙撃手。なんでこんな連中が集まってんだろうね」
「それにアンタはドジで間抜けな剣術師範。ホント世の中って不思議よねぇ」
「ホントよねぇ」
 アタシは翠の嫌みよりも、セリフの後半に深く同意したのだった。

   * * *

「葵は別に何処にも異常は無いようです。明日に緋と共に街に降りて精密検査を受けさせる予定です」
「そう。何事もなさそうでよかったわ」
 本棚で埋まりそうな書斎でメイド長の山吹の報告を受け、ご主人様こと紅は安堵のため息をついた。山吹が話を続ける。
「少しお伺いしたいのですが、白雪を推薦したのは私ですが、どうして紅様は、葵や緋、翠といった癖の強い人間を選ぶのですか?別に彼女たちが悪いとかは思いませんけど」
「いいじゃん。別に楽しいからよ。優秀なだけのメイドは不要よ。それは貴方がいれば十分だもの」
 紅は山吹の進言にしれっと答えた。そして、書斎にある彼女の仕事場の回転するイスでぶんぶん回っている。
「そうですか、では文句を言わずにお聞き下さい。白ワインの樽が一つ失われましたので、とうとう今月分の食費及び調理用器具の予算を超過しました。追加予算の方をお願いします」
「…」
「そうです、皿等の食器代が割り当て分を超過しています」
「…そうか。葵のヤツめ…」
 紅は顔を苦渋に染めた。今月はまだ半分も過ぎていないに…。

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