なんたって葵ちゃん 第一夜後編
2005年1月14日 ShortStory * * *
「アタシのせいじゃないのよ、きっと。アレは誰かの陰謀なんだわ」
よくわからないことをブツブツと呟きながら、葵は自分の部屋へと戻った。ここに住み込みで働くメイドには全て一人一人それぞれの部屋が与えられている。それでもまだ部屋は余っていた。何年も使っていないような部屋もたくさんある。人里離れているとはいえ、この大きな館を維持するのは簡単では無い。彼女たちの主人は物書きとしてかなり成功していた。元々資産家の令嬢として生まれたこともあり、大金持ちと言えば大金持ちであった。そんな彼女の主人は人付き合いにうんざりし、山奥の一軒家を買い取り、物書きとしての第二の人生を踏み出したのだ。
もっとも、葵にとってそんなことはどうでもよかったが。
葵は部屋に戻ると、ベットに潜り込んで、部屋の灯りを消した。辺りは真っ暗になる。山奥の森に囲まれた古い屋敷は妖怪でも住んでいそうなくらいの雰囲気があった。とりわけ雷雨なんか降ろうもんなら、そこいらのお化け屋敷なぞ敵ではなかった。
もっとも、葵にとってそんなことは心底どうでもよかった。
幽霊とか妖怪とかそんなものは彼女にとって怖くはない。彼女にとって怖いのは御主人さまと小言がうるさいメイド長の山吹だけだった。
彼女は目を閉じて、眠りにつこうとしたときだった。
みしっ・・・みしっ・・・
廊下での方で何か物音がしたような気がした。葵は気のせいかと思った。
みしっ・・・みしっ・・・
それは気のせいではなかった。葵は枕元に置いてある木の棒を取り出した。それはただの木の棒なんかではなかった。木刀。しかも、それは樹齢千年のとりねこの幹から切り出され、村正のような名前だけの妖刀では無い本当の妖刀月山で削り出され、御神酒で浄められたその道の人もご愛用の逸品だ。
葵は剣術道場の跡取りとして生まれ、若くして師範代の位を持つ刀のエキスパートである。彼女が道場に居た頃は生徒皆に希望を与えたものだ。何せ、どんなにドジで間抜けでも刀を使うのには問題ないことを身を以て証明していたのだから。
葵は木刀を持って、部屋の外に出た。そこには何も居なかったが、廊下の向こうの方で足音がした・・・ような気がした。
「・・・この真夜中に泥棒猫かしら。運が悪いわねぇ」
廊下の向こうにはキッチンがある。彼女がキッチンの側まで行くと、先ほど消したばかりのキッチンに明かりがついていた。彼女が消し忘れた?そんなことは無い。明かりを消したのは翠だ。翠は葵とちがって要領も良く、なんでもそつなくこなした。
キッチンを廊下からそっと覗くと、がしゃがしゃという音と共に冷蔵庫の扉が開いているのが見えた。その前に不審な人影も見えた。
「・・・何を盗ろうってんだろ?」
葵は不思議に思いながら、後ろからそっと近づくと・・・
「泥棒猫!覚悟ーっ!」
手にした木刀を上段に振りかぶり、冷蔵庫の前に座り込む人影に思いっきり振り下ろした。木刀は距離が若干届かず、人影の手前の床に突き刺さった。文字通り突き刺さった。人影は腰を抜かしてこちらを振り返った。そして、大声で叫んだ。
「あおいーーーーーっ!」
「ひぃ〜ごめんなさ〜い〜」
そこに居たのは、ハムを片手に持った葵の主人であった。主人の怒声はキッチン内に響き渡り、食器を調理器具を揺らした。
「ごっごしゅじんさま、いったい何をしてるんですか」
「お腹が減ったのよ」
「・・・はぁ」
葵の主人は、物書きで生活リズムはわりと不規則だった。普段から、夜中に軽い食事を摂ることも多かった。普段、夜食を作っているメイドの白雪は、今日は居なかった。買い出しを兼ねて街の友人宅に泊まっていた。そういうわけで、葵の主人は真夜中に冷蔵庫からハムを出して囓っていたというわけだ。
「あ、あの〜アタシが何か作りましょうか」
「・・・アンタ料理なんか出来んの?」
「まあ、見ててください。卵と、そのハムでオムレツでも作りますよ」
そういって、葵は歯形が入ったハムを取り上げ、冷蔵庫から卵を取り出した。ご主人様は、イスに腰掛けると、テーブルに肘をついてその様子を眺めていた。
意外と家庭的な面もあるらしい。普段は木刀振り回す不器用な女なのに。そんなことに女主人が思案を巡らせていると、ほどなくして葵が作ったオムレツとやらが出てきた。
「・・・なぁ。これはスクランブルエッグじゃないのか?」
「いえ、オムレツです」
皿の上には、やや柔らかめの崩れた卵と、それに散りばめられた大きさが不均一のハムの欠片。どう見てもオムレツにはほど遠い存在が皿の上に鎮座していた。
「いや、やっぱりこれはスクラ」
「いえ、お・む・れ・つです」
主人は何か言うのを諦めた。そしてオムレツと名付けられた新たな創作料理を征服し始めた。葵はそれを楽しそうに眺めていた。その笑顔を見つめながら、主人は塩を砂糖と間違えるという基本的なお約束の間違いが無いことに安堵していた。
「ごちそうさま。後片づけお願いするわね」
「はい。おそまつさまです」
空腹感を満たした主人はキッチンを後にした。そして、仕事の続きをするために書斎への廊下を歩き始めたときだった。
ガシャーン
何か皿のようなものが割れる音がキッチンから響いてきた。
「・・・四枚目ねぇ。本気でお菊さんになるつもりかしら」
女主人の呟きとともに夜はますます更けていった。
「アタシのせいじゃないのよ、きっと。アレは誰かの陰謀なんだわ」
よくわからないことをブツブツと呟きながら、葵は自分の部屋へと戻った。ここに住み込みで働くメイドには全て一人一人それぞれの部屋が与えられている。それでもまだ部屋は余っていた。何年も使っていないような部屋もたくさんある。人里離れているとはいえ、この大きな館を維持するのは簡単では無い。彼女たちの主人は物書きとしてかなり成功していた。元々資産家の令嬢として生まれたこともあり、大金持ちと言えば大金持ちであった。そんな彼女の主人は人付き合いにうんざりし、山奥の一軒家を買い取り、物書きとしての第二の人生を踏み出したのだ。
もっとも、葵にとってそんなことはどうでもよかったが。
葵は部屋に戻ると、ベットに潜り込んで、部屋の灯りを消した。辺りは真っ暗になる。山奥の森に囲まれた古い屋敷は妖怪でも住んでいそうなくらいの雰囲気があった。とりわけ雷雨なんか降ろうもんなら、そこいらのお化け屋敷なぞ敵ではなかった。
もっとも、葵にとってそんなことは心底どうでもよかった。
幽霊とか妖怪とかそんなものは彼女にとって怖くはない。彼女にとって怖いのは御主人さまと小言がうるさいメイド長の山吹だけだった。
彼女は目を閉じて、眠りにつこうとしたときだった。
みしっ・・・みしっ・・・
廊下での方で何か物音がしたような気がした。葵は気のせいかと思った。
みしっ・・・みしっ・・・
それは気のせいではなかった。葵は枕元に置いてある木の棒を取り出した。それはただの木の棒なんかではなかった。木刀。しかも、それは樹齢千年のとりねこの幹から切り出され、村正のような名前だけの妖刀では無い本当の妖刀月山で削り出され、御神酒で浄められたその道の人もご愛用の逸品だ。
葵は剣術道場の跡取りとして生まれ、若くして師範代の位を持つ刀のエキスパートである。彼女が道場に居た頃は生徒皆に希望を与えたものだ。何せ、どんなにドジで間抜けでも刀を使うのには問題ないことを身を以て証明していたのだから。
葵は木刀を持って、部屋の外に出た。そこには何も居なかったが、廊下の向こうの方で足音がした・・・ような気がした。
「・・・この真夜中に泥棒猫かしら。運が悪いわねぇ」
廊下の向こうにはキッチンがある。彼女がキッチンの側まで行くと、先ほど消したばかりのキッチンに明かりがついていた。彼女が消し忘れた?そんなことは無い。明かりを消したのは翠だ。翠は葵とちがって要領も良く、なんでもそつなくこなした。
キッチンを廊下からそっと覗くと、がしゃがしゃという音と共に冷蔵庫の扉が開いているのが見えた。その前に不審な人影も見えた。
「・・・何を盗ろうってんだろ?」
葵は不思議に思いながら、後ろからそっと近づくと・・・
「泥棒猫!覚悟ーっ!」
手にした木刀を上段に振りかぶり、冷蔵庫の前に座り込む人影に思いっきり振り下ろした。木刀は距離が若干届かず、人影の手前の床に突き刺さった。文字通り突き刺さった。人影は腰を抜かしてこちらを振り返った。そして、大声で叫んだ。
「あおいーーーーーっ!」
「ひぃ〜ごめんなさ〜い〜」
そこに居たのは、ハムを片手に持った葵の主人であった。主人の怒声はキッチン内に響き渡り、食器を調理器具を揺らした。
「ごっごしゅじんさま、いったい何をしてるんですか」
「お腹が減ったのよ」
「・・・はぁ」
葵の主人は、物書きで生活リズムはわりと不規則だった。普段から、夜中に軽い食事を摂ることも多かった。普段、夜食を作っているメイドの白雪は、今日は居なかった。買い出しを兼ねて街の友人宅に泊まっていた。そういうわけで、葵の主人は真夜中に冷蔵庫からハムを出して囓っていたというわけだ。
「あ、あの〜アタシが何か作りましょうか」
「・・・アンタ料理なんか出来んの?」
「まあ、見ててください。卵と、そのハムでオムレツでも作りますよ」
そういって、葵は歯形が入ったハムを取り上げ、冷蔵庫から卵を取り出した。ご主人様は、イスに腰掛けると、テーブルに肘をついてその様子を眺めていた。
意外と家庭的な面もあるらしい。普段は木刀振り回す不器用な女なのに。そんなことに女主人が思案を巡らせていると、ほどなくして葵が作ったオムレツとやらが出てきた。
「・・・なぁ。これはスクランブルエッグじゃないのか?」
「いえ、オムレツです」
皿の上には、やや柔らかめの崩れた卵と、それに散りばめられた大きさが不均一のハムの欠片。どう見てもオムレツにはほど遠い存在が皿の上に鎮座していた。
「いや、やっぱりこれはスクラ」
「いえ、お・む・れ・つです」
主人は何か言うのを諦めた。そしてオムレツと名付けられた新たな創作料理を征服し始めた。葵はそれを楽しそうに眺めていた。その笑顔を見つめながら、主人は塩を砂糖と間違えるという基本的なお約束の間違いが無いことに安堵していた。
「ごちそうさま。後片づけお願いするわね」
「はい。おそまつさまです」
空腹感を満たした主人はキッチンを後にした。そして、仕事の続きをするために書斎への廊下を歩き始めたときだった。
ガシャーン
何か皿のようなものが割れる音がキッチンから響いてきた。
「・・・四枚目ねぇ。本気でお菊さんになるつもりかしら」
女主人の呟きとともに夜はますます更けていった。
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