夕輝と星霜の十字軍
2004年12月27日 ShortStory【星霜の十字軍】
夜が来た。
辺りを黒い帳が覆い尽くしていく。青白く輝く月が切なげな光をこの荒れ果てた地球に降り注ぐ。星が散りばめられた崩れ落ちそうな天幕を仰ぎ見る。彼女は右手に握りしめた剣の柄の感触を感じる。鞘から解き放たれた白刃は残光を残して閃き、闇を切り裂き一蹴する。
過去の栄光の残り香が香り立つ廃墟には焼けこげた灰色のコンクリートの塊が至る所に死角を作りだしている。ねじ曲がった街灯と呼ばれたものが静かに時が流れるのをただひたすらに待っている。
迫り来る暗闇の軍勢は音も立てずに忍び寄る。光を失った亡者の群れが至る所に潜んでいる。彼女が白刃を一閃させるごとにふたつみっつの黒い影が霧散し消える。
「・・・成仏?私は仏様なんて信じてないからね。そんなことはわからないよ」
彼女は振り返り、少女の問いに答える。もう何年も何十年も前の微かな虚飾の栄光にすがりつくように、己の死さえ理解できない哀れな影が灰色に染まった滅びの森で蠢いている。
「彼らは生きているんじゃないわ、死んでいないだけよ」
彼女はそう言いながら、白銀の刃を虚空に滑らせ、影を四散させていく。その後を静かに少女は付いていく。道ばたに原型を留めず色もわからないほどに錆びを浮かせた何かが転がっている。星霜の彼方に失われた人間達の過去がそこにある。
少女が指さした先には小さな広場があった。かつては人で賑わい、鮮やかな灯火と陽気な声が響いたであろう地も、今では何も無い広場、いや闇と影、そして悲哀に充ち満ちた場所と化している。
暗い夜に金色の髪を靡かせ、青い服に身を包んだ少女と亜麻色の女剣士は、そこに向かっていた。
「あそこに境目が見える・・・」
少女が指を指したのは、小さな石碑。それだけは崩壊の闇に飲み込まれず原型をこの世に留めていた。広場にはかつて、そこに何かが飾られていただろう台座と樹木が生い茂っていたであろう荒れ地が広がり、崩れた壁と門が彼女たちを歓迎していた。
月は満ち、頭上空高くで白く白く輝いている。漆黒の存在は月に照らされて、闇の奥深くへと退散していく。死と嘆きが支配する灰色の滅びの森に二人だけの十字軍が進軍を続ける。暗き怨嗟を切り裂き、鋼の残光が一筋の光となって、十字を飾る。
草木一つ無い荒稜に彼岸花が咲き乱れている。乱立する光を失った街灯が卒塔婆にさえ見える。倒壊したコンクリートのビルディングの森は、そうお墓なのだ。虚構と汚れに彩られた背約者どもの墓標。
「・・・私も同じ事考えてた」
少女が足下の彼岸花を摘みながら振り返る。
彼女は白銀の太刀を鞘に収めると、大きく伸びをする。味のないなま暖かいものが彼女の肺を満たしていく。彼女は咽せた。
「あまり長居したい場所じゃないことは確かね」
彼女はそう言いながら、背中の鞄から折りたたまれた紙切れを取り出した。紙切れは少女の手に渡り、それは広げられる。赤い六鋩星が描かれた紙きれを足下に広げた彼女は目を閉じて何かを呟いた。
赤い星が紙切れを抜け出して、そのまま地面に焼き付いた。何処からかチャーチオルガンの聖音が鳴り響き、辺りが光に満ちた。
二人の女性が声を揃えて、賛美の唱を奏でる。青白い月が煌めく夜に溢れる光の中心で美しい声が響き渡る。清浄なる鎮魂歌に耐えられない哀しい影が闇夜に熔けていく。風が渦巻き、不浄な存在を吹き上げていく。
音を立てて、何かが壊れた。
そして、そこにはもう彼女たちの姿は無かった。死せざる影の姿も滅びの森の面影も。
ただ、彼岸花だけが鮮やかに咲き乱れ、月夜に映えていた。
「ねぇ、次は南の方に行かない?」
少女が言った。彼女は何も言わずに、剣を横に薙いだ。影がまたひとつ四散する。
「何処でもいいさ。何処に行っても一緒だしさ」
彼女の答えを聞きながら、少女は歩き続けた。空を仰ぐと、黒い夜は青い朝に押し戻されている。東の彼方に小さな太陽が映る。太陽は変わらず、大地を照らしている。
「・・・もう誰も居ないのにね」
夜が来た。
辺りを黒い帳が覆い尽くしていく。青白く輝く月が切なげな光をこの荒れ果てた地球に降り注ぐ。星が散りばめられた崩れ落ちそうな天幕を仰ぎ見る。彼女は右手に握りしめた剣の柄の感触を感じる。鞘から解き放たれた白刃は残光を残して閃き、闇を切り裂き一蹴する。
過去の栄光の残り香が香り立つ廃墟には焼けこげた灰色のコンクリートの塊が至る所に死角を作りだしている。ねじ曲がった街灯と呼ばれたものが静かに時が流れるのをただひたすらに待っている。
迫り来る暗闇の軍勢は音も立てずに忍び寄る。光を失った亡者の群れが至る所に潜んでいる。彼女が白刃を一閃させるごとにふたつみっつの黒い影が霧散し消える。
「・・・成仏?私は仏様なんて信じてないからね。そんなことはわからないよ」
彼女は振り返り、少女の問いに答える。もう何年も何十年も前の微かな虚飾の栄光にすがりつくように、己の死さえ理解できない哀れな影が灰色に染まった滅びの森で蠢いている。
「彼らは生きているんじゃないわ、死んでいないだけよ」
彼女はそう言いながら、白銀の刃を虚空に滑らせ、影を四散させていく。その後を静かに少女は付いていく。道ばたに原型を留めず色もわからないほどに錆びを浮かせた何かが転がっている。星霜の彼方に失われた人間達の過去がそこにある。
少女が指さした先には小さな広場があった。かつては人で賑わい、鮮やかな灯火と陽気な声が響いたであろう地も、今では何も無い広場、いや闇と影、そして悲哀に充ち満ちた場所と化している。
暗い夜に金色の髪を靡かせ、青い服に身を包んだ少女と亜麻色の女剣士は、そこに向かっていた。
「あそこに境目が見える・・・」
少女が指を指したのは、小さな石碑。それだけは崩壊の闇に飲み込まれず原型をこの世に留めていた。広場にはかつて、そこに何かが飾られていただろう台座と樹木が生い茂っていたであろう荒れ地が広がり、崩れた壁と門が彼女たちを歓迎していた。
月は満ち、頭上空高くで白く白く輝いている。漆黒の存在は月に照らされて、闇の奥深くへと退散していく。死と嘆きが支配する灰色の滅びの森に二人だけの十字軍が進軍を続ける。暗き怨嗟を切り裂き、鋼の残光が一筋の光となって、十字を飾る。
草木一つ無い荒稜に彼岸花が咲き乱れている。乱立する光を失った街灯が卒塔婆にさえ見える。倒壊したコンクリートのビルディングの森は、そうお墓なのだ。虚構と汚れに彩られた背約者どもの墓標。
「・・・私も同じ事考えてた」
少女が足下の彼岸花を摘みながら振り返る。
彼女は白銀の太刀を鞘に収めると、大きく伸びをする。味のないなま暖かいものが彼女の肺を満たしていく。彼女は咽せた。
「あまり長居したい場所じゃないことは確かね」
彼女はそう言いながら、背中の鞄から折りたたまれた紙切れを取り出した。紙切れは少女の手に渡り、それは広げられる。赤い六鋩星が描かれた紙きれを足下に広げた彼女は目を閉じて何かを呟いた。
赤い星が紙切れを抜け出して、そのまま地面に焼き付いた。何処からかチャーチオルガンの聖音が鳴り響き、辺りが光に満ちた。
二人の女性が声を揃えて、賛美の唱を奏でる。青白い月が煌めく夜に溢れる光の中心で美しい声が響き渡る。清浄なる鎮魂歌に耐えられない哀しい影が闇夜に熔けていく。風が渦巻き、不浄な存在を吹き上げていく。
音を立てて、何かが壊れた。
そして、そこにはもう彼女たちの姿は無かった。死せざる影の姿も滅びの森の面影も。
ただ、彼岸花だけが鮮やかに咲き乱れ、月夜に映えていた。
「ねぇ、次は南の方に行かない?」
少女が言った。彼女は何も言わずに、剣を横に薙いだ。影がまたひとつ四散する。
「何処でもいいさ。何処に行っても一緒だしさ」
彼女の答えを聞きながら、少女は歩き続けた。空を仰ぐと、黒い夜は青い朝に押し戻されている。東の彼方に小さな太陽が映る。太陽は変わらず、大地を照らしている。
「・・・もう誰も居ないのにね」
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